ギャング・オブ・ニューヨーク


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


"America Was Born In The Streets."


この映画が製作された本国アメリカでの宣伝文句である。すべては愛のために、などと言う日本版コピーなぞよりも、内容についてはこちらの方が的確な、ニューヨークの巨匠マーティン・スコセッシ監督の超大作だ。


対立する組織のボスに父親を殺された少年は、成長して街に戻り、復讐の機会を伺う。その本筋に、ボスと成長した青年の擬似親子関係や、女スリとの恋愛模様などが絡んでいく。


移民が溢れ返り、ギャングたちが支配する18世紀半ばのマンハッタンの描写が、何よりもこの作品最大の見ものだ。大広場や建物などの街並みや港を実物大セットで再現し、大勢のエキストラを起用、凝った衣装でごったがえした映像は圧巻。特撮ではまだ表現しきれない現物の重量感はさすがである。これだけでも大画面で観る価値はあろうというものだ。


映像の持つパワフルさは冒頭からして圧倒される。組織同士の集合を緊張感で盛り上げ、ギャング団対ギャング団の数百人単位での殺し合いに雪崩れ込む描写は迫力たっぷり。雪を血に染めて、大勢の男女が入り乱れての、銃を使わない刃物や棍棒素手を使っての殺し合いは凄まじい。宣伝に騙されて甘味なラヴ・ストーリーを期待して来た観客は、いきなり度肝を抜かれること請け合いだ。


この映画で描かれているのは、不条理で混沌とした世界そのものである。先に移住してきたイギリス系ギャングは”ネイティヴス”と名乗り、移民と異人種の排斥を行おうとしている。一方の移民系ギャング団は、ネイティヴスにやはり力で対抗しようとする。人種の問題だけではなく宗教の違いも大きい。カトリックプロテスタントの間で対立の火花を散らしているのだ。


街では公職に就く者が平然と殺され、見せしめの絞首刑が町のど真ん中で行われる。貧富の差が激しく、下層階級のものたちが生きるために盗みを行うのは当然。南北戦争の徴兵は貧しいものたちが狩り出され、金持ちは逃れられる。圧制と腐敗が街を支配し、様々な鬱憤が積もり積もっている。やがて街全体は巨大な暴力そのものへと爆発していくのだ。


1863年に起きた徴兵暴動をクライマクスとした映画のメッセージは明快だ。アメリカは元来暴力的な国だったのである。他人の価値観を踏みにじり、自己の概念でのみ行動し、暴力で制するものが主君だったのだ。それがアメリカそのものなのだ。


マーティン・スコセッシは、混沌とし、プロットが拡散する、観客の感情移入を否定する映画で実力を発揮してきた。『タクシードライバー』(1976)しかり、『グッドフェローズ』(1990)しかり、『カジノ』(1995)しかり。これらの傑作に比べると、明確な筋書きを持ち、感情移入すべき主人公がいる本作品は、いささか居心地の悪さが付きまとう。監督自身の持ち味と脚本が合っていないのではないか。そう思える。加えて脚本自体の弱さがこの作品最大の欠点で、様々な題材を扱いながらも無理やり1つの映画に収斂させようとしている。特に取って付けたようなラヴ・ストーリーは退屈極まりなく、演ずるレオナルド・ディカプリオキャメロン・ディアスにも、恋の火花が感じられない。これはディアスに生気が無いとか、ディカプリオに色気が無いとかではない。監督自身にも興味が薄いのである。この映画はもっと贅肉を削ぎ落とすべきだった。構想云十年といった映画は大体失敗するものが多い。作り手の思い入れが強過ぎると、贅肉が付き易いものなのだ。優れた映画とは、編集という過程で無駄を削り落とし、研ぎ澄ますものなのだから。この映画は失敗ぎりぎりのところで、かろうじて踏みとどまっている。


しかしそこは腐っても鯛、スコセッシの力量は随所に発揮されている。移民が船から下りてきたところから、徴兵されて軍艦に乗り込み、同じ軍艦から棺桶が港に陸揚げされる様を1ショットで収めたところなど、得意の映像のテクニックは冴えている。匂いまで漂ってきそうな当時の生活感のディテイルや要所の迫力ある暴力描写もらしいし、悪の造形は相変わらず素晴らしい。だからこの映画では主役のディカプリオよりも、仇役ビル・ザ・ブッチャー役ダニエル・デイ=ルイスの方が遥かに魅力的だ。有無を言わさぬ迫力と残忍さを持ちえたビル・ザ・ブッチャーは、この映画のテーマそのもの。自らが文明の破壊者でもあると自覚する様は魅力的で、作品のテーマを見事に体現している。


映画の終盤、様々な憎悪が爆発するくだりは再び緊張感が盛り上がる。混迷を深めた状況を明確に描き分けるスコセッシの豪腕は健在で、ふやけたラヴ・ストーリーで元気が無くなっていた映画は、突如生気を取り戻す。いつまでも若々しくパワフルなのがスコセッシらしい。


近代兵器を使った殺戮の前には個人の復讐など取るに足らないものと描かれ、単純なハッピーエンドではない苦みの残るラストでは、スコセッシ自身のニューヨークへの愛と、9.11.で破壊されたマンハッタンへの哀悼が伝わってくる。9.11.以前にマンハッタンで大量の死人が出た歴史的事実と、今は無きWTCビルの映像がダブり、最後の最後に作品を引き締めた。宗教と暴力をテーマに数々の作品を撮ってきた巨匠らしい厳粛なラストは、深く印象に残るものだ。


ギャング・オブ・ニューヨーク
Gangs of New York

  • 2002年 / アメリカ、ドイツ、イタリア、イギリス、オランダ / カラー / 168分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for intense strong violence, sexuality/nudity and language.
  • 劇場公開日:2002.12.21.
  • 鑑賞日時:2002.12.22.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘1 ドルビーデジタルでの上映。公開2日目の三連休中日、日曜レイトショー、452席の劇場は7割程度の入り。
  • パンフレットは800円。来日したスコセッシへのインタヴューに3ページ、フィルモグラフィに何と8ページも割いている。ニューヨークのギャング史や詳細なプロダクション・ノートなど、内容の充実振りは近年最高ではないだろうか。資料価値が非常に高く、この値段でも納得だ。
  • 公式サイト:http://www.gony.jp/ スクリーンセーバーや予告編なぞは当然だが、当時のNYをインタラクティヴに調べられるコンテンツが面白い。それにしても重いのが難点。