ブラッド・ワーク


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

FBI捜査官マッケイブクリント・イーストウッド)は連続殺人犯を追跡中に心臓発作で倒れてしまう。2年後、心臓移植手術を受けた彼は、ある女性から心臓に関する事情を聞かされる。強盗に殺された彼女の姉の心臓が、自分に移植されたというのだ。その女性から未解決となっている強盗事件の解決を依頼された元捜査官は、残された僅かな証拠と自らの推理力で事件を追うが・・・。


クリント・イーストウッドの監督・主演の新作は、日本では大スター作品とは思えぬ扱い。晩秋と正月の間に挟まれた2週間興行限定というのが寂しさを募らせるが、これが予想通りにしっかりとした作りのスリラーになっている。


冒頭のキャメラワークと必要最小限の台詞で、主人公の置かれた状況を語らせてしまう簡潔さ。シンプルなスタイルはイーストウッドの監督としての真骨頂だ。こういった職人芸の域に達した演出は観ていて安心出来るもの。演出としての基本がしっかりとしているから、作品の出来不出来も激しくない。たまに凡作はあっても駄作が無いと言われるゆえんである。


映画はイーストウッドらしい刻印が至る所に観られる作品でもある。監督処女作『恐怖のメロディ』(1971)以来、サイコロジカルな題材を好んで扱っているのもそうだし、イーストウッド自身が痛めつけられる設定(胸に大きな後の残る心臓手術なのだから!)もそう。それに何より、主人公が「一度死んでいる」のが極めつけだ。


主人公は病気により張りのある捜査を続ける毎日から引退を余儀なくされる。仕事を失った彼は一度死んだのだ。しかし新たな心臓を与えられたことにより、自らの信念で捜査生活を再開し、新たな生を享受するのである。過去の作品と大きく違うのは、死者である主人公が虚無的ではないこと。大手術の後遺症で身体が悲鳴を上げても、彼の精神は高揚し、研ぎ澄まされ、生きている実感が湧いてくるのだ。それにより、この作品は過去の作品よりも明るく感じられる。


こういった繰り返されたテーマを扱うことにより、作品に斬新さは無いけれども、安定感がある。中盤にショットガンをぶっ放すサーヴィス場面もあるにはあるが、基本的には捜査や推理の過程が面白く、ミステリ映画として上質の出来映えだ。単なる点と点が点線となり、やがて各々を結ぶ線が構築されていく様は、この手の映画ならではの醍醐味。ミステリ映画の演出はスピルバーグよりもイーストウッドの方が手さばきが確実で、安心して観られる。だからクライマクスが普通のアクション映画になってしまっても許せるというもの。レニー・ニーハウスのジャズ・スコア(エンド・タイトルの曲はクールで絶品)も含め、優秀な常連スタッフの仕事も安心感がある。


日本でも話題になったマイク・コナリーのベストセラー小説『わが心臓の痛み』は未読なのだが、ブライアン・ヘルゲランド(『L.A.コンフィデンシャル』(1997))の脚本は探偵小説的な面白さに満ちている。


この映画は当然のことながら大スターであるイーストウッド自身を観る映画でもある。巨像の如く顔面に皺を刻み、悪人の前に立ちふさがる姿が絵になっているのは今更ではない。搾り出すようなかすれ声も体力的な苦しさを感じさせて、映画に緊張感を与えている。しかし72歳という年齢は、心臓に欠陥を抱える初老の元捜査官という役柄には老け過ぎているのも事実。30代女性とのロマンスも映像的に無理がある。あと10年は若かったら似合っていただろう。ここは演出に専念しても良かったのではなだろうか。


また、娯楽映画としてはかなり面白いが、過去のイーストウッド映画で描かれていた登場人物の心の闇が薄いのは気になる。いつもならば主人公のみならず悪役側の心理も執念深く描くのに、意外にも悪役側は軽めの味付け。テンポの良さに深みが犠牲となっていて、結果的に単純な娯楽映画の域を出ていない。大ヴェテラン監督が気軽に作った作品なのか、単なる後退なのか。加えてイーストウッド以外のキャスティングが軽いので、映画自体が小ぢんまりした感がある。ゲスト扱いの女医役アンジェリカ・ヒューストンはさすがの貫禄でも、フーテンな相棒役がジェフ・ダニエルズではイーストウッドに負けてしまっている。


とまれ『ブラッド・ワーク』は小ぶりでも芯を外さないスリラーとして楽しめる。老いても演出技巧は衰え知らずのイーストウッドの新作は、演出のみに専念しているデニス・ルヘイン原作の『ミスティック・リバー』。ショーン・ペンティム・ロビンスケヴィン・ベーコンローレンス・フィッシュバーンら、クセ者役者出演のスリラーということで、これは期待出来る。


ブラッド・ワーク
Blood Work

  • 2002年 / アメリカ / カラー / 110分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for violence and language.
  • 劇場公開日:2002.12.7.
  • 鑑賞日時:2002.12.7.
  • 劇場:渋谷東急2 ドルビーデジタルでの上映。公開初日の土曜初回の昼、381席の劇場は3割程度の入り。
  • パンフレットは500円。イーストウッドの詳細なフィルモグラフィ、評論、原作者マイクル・コナリーを含めたネオ・ハードボイルドの解説など。パンフレットの値段や映画の公開規模の割りに、対象観客をしっかりと想定した作りで好感が持てる。但し、「イントロダクション」でかなりネタバレなのは減点。鑑賞前に読まないように。
  • 北米公式サイト:http://www.bloodworkmovie.com/ 日本国内では公式サイトさえ無いとは。予告編、クリップ、イーストウッド御大の御姿が拝めるポスターなど。