マイノリティ・リポート


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

今から半世紀後の管理社会となったアメリカ。首都ワシントンDCでは、殺人事件を事前に察知し、犯行前に犯人を逮捕する警察の特別チームがあった。そこの主任刑事が、36時間後に見知らぬ男を射殺する、と予知されてしまう。身の憶えの無い未来の殺人事件の潔白を晴らすべく逃亡した彼は、自らの作り上げてきたシステムに追われることになる。


フィリップ・K・ディックの短編小説を元にしたSi-Fiアクション/スリラーは、スティーヴン・スピルバーグが監督し、トム・クルーズが主演したもの。この顔合わせで北米では予想ほどの大ヒットとならなかったのは意外だが、これが観客の期待した派手で単純な痛快アクションではなかったからではないだろうか。じゃぁ娯楽性に乏しいかというとそんなことは無い。序盤はアクション、中盤はスリラー、終盤はミステリと3段構えになっていて、中々に欲張りな作りになっている。


導入部で目を引くのは、何と言っても次から次へと登場する未来ガジェットの類いである。ポインタデバイス付きグローブをはめて空間に映し出された映像を操作するコンピュータ・システム。高速道路とエレベータを組み合わせたようなリニアモーターカーの交通網。シリアルの箱に印刷された(?)動いて音の出る広告。狭い路地を行く警察のホバーコプター。衝撃波で人間を数メートル吹き飛ばす音波銃。警官たちが背負うロケットパック。そのどれもが手が込んで作りこまれているのに、飽くまでも舞台背景の一部として扱われているのが贅沢だ。最近の近未来ものでは『シックス・デイ』(2000)にそういった小道具を見る楽しみがあったが、こっちは規模や作り込みでは近年で一番の出来映え。見ているだけで楽しい。


一方で、ガジェットを通して管理社会の闇もさりげなく描かれている。至る所にあるキャメラによる網膜スキャンで個人の識別が可能となり、誰がどこに居るか常に分かるのが不気味だ。また個人識別可能な広告用看板が個人に語りかけるというユーモラスな場面もあって、この道具立てが主人公の逃亡のスリルに一役買っているのも面白い。管理社会の一端を商品を売りたいが為の一般企業が荷担していると指摘していて鋭いのだ。現実の延長上とは言え、この点を突いたSF映画は初めてじゃないだろうか。


でもこういったガジェットを生かし切ったとは言い難いのは残念だ。後半はこのような設定をもっと生かせれば、傑作に成り得たのに。


この作品の本質は、スピルバーグ久々の娯楽路線への回帰にある。前半の畳み掛けるようなアクションとサスペンスで観客を引きずり込むテクニックは、面白い映画を連発していた80年代の頃を思い出させるし、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(1984)の当時に戻ったようなグロテスクで悪趣味なブラック・ユーモアまで披露している。そんな訳で肩肘張った感じが少なく、リラックスして作った雰囲気が漂っている前半は、文句無しに面白い娯楽作だ。そもそも既にこれだけの地位を築いた監督が、ブライアン・デ・パルマ真っ青の長回しなぞの、トリッキーなキャメラワークなぞを試してみるなんて、一体誰が想像しただろうか。こういった若々しさが久々に観られたのが最大の収穫、とは言い過ぎか。


画面も2.35:1の横長なスコープに戻ったのも喜ばしい。作風が社会派風になるに連れ、近年スピルバーグの映画は1.85:1サイズの作品ばかりだった。しかも「人間の目に自然なのは1.85:1フォーマットだ、スコープは時代遅れだ」などと発言していたのがちょっと寂しかった。でもやはり、スケールの大きい娯楽映画はスコープでなくては! 大体にして、次から次へと娯楽映画ばかりを作っていた頃の代表作は全てスコープだったではないか。『ジョーズ』(1975)や『未知との遭遇』(1977)、『インディ・ジョーンズ』シリーズなどは全てスコープだ。左右いっぱいに奥行きまでも使い切った格好良い構図は、映画自体の持つ興奮に少なからず貢献していた。今回は久々にスコープ使用で、これはやはり単純な娯楽映画として作った、との現れではないか。但し残念ながら、上記過去の代表作のような見栄えのする痺れる構図は少なかったようだ。そんな映像のみに関して言えば、内容重視の近年の作風と過去の娯楽重視の作風の中間点、とも受け取れる。


演出は役者から的確な演技を引き出すことにも長けている。中でも主人公を追い詰めるコリン・ファレルが出色。勢いがある。背格好はどことなくクルーズと似通っているのに、暗さも秘めたハンサムなルックスがクルーズと対照的。これはぴったりのキャスティングだ。降板したマット・デイモンも面白い演技を見せてくれただろうが、結果的にはファレルで正解だったように思う。その演技もシャープで目が離せない。クルーズの上司役マックス・フォン・シドーはさすがの貫禄で、老練な演技を見せてくれる。こういった真っ当なキャスティングの一方で、『ファントム・オブ・パラダイス』(1974)、『サスペリア』(1977)のヒロイン役ジェシカ・ハーパーが久しぶりで意外な出演。恐ろしげで重要なイメージとして顔を見せているところがいかにもで、遊び心が感じられる。


ジョン・ウィリアムズのいつになくシンセをフィーチャーした音楽もスリルに一役買っていて、印象に残るメロディこそ無くとも、アクション場面での鋭い金管などで画面を盛り上げる。やはりスピルバーグとウィリアムスの相性は良いようだ。撮影のヤヌス・カミンスキーはリアリズムの映像を見せてくれるし、マイケル・カーンの編集もアクション場面などでは切れ味鋭い。常連スタッフの仕事も安心して見られる。


しかし観客に真犯人を明かしてからのミステリ・タッチの後半は、やや失速気味な印象なのは否めない。特に肝心のクライマクス、事件の真相を真犯人に突き付けて追い詰めるくだりは切れに乏しい。スピルバーグとミステリの相性は今一つだったのだろうか。


総じてテンポも早く飽きさせないのに、映画が進むに連れて、観客の映画に対する違和感が次第に大きくなっていくのも問題である。スピルバーグフィルム・ノワール(暗黒映画)を目指したそうだ。ディック原作の映画のノワールと言ったら『ブレード・ランナー』(1982)にとどめを刺すが、『マイノリティ・リポート』は果たしてそこまで行ったか。結果は否と出た。いくら主人公の心情や画面を荒れたものにしても、いくら100万ドルの笑顔を封印したトム・クルーズが抑え目に演技をしても、スピルバーグのタッチとアメリカン・ボーイのクルーズとでは、「黒」に成り切れなかった。それが明確になるのは映画の終盤だ。結局は最後に家族愛を持ち出して締めくくるに至って、ノワールとしては全くの中途半端になってしまった。


SFノワールならばそれこそ『ブレード・ランナー』がある。『マイノリティ・リポート』は、良くも悪くもスピルバーグしか撮れないSFスリラーなのだから、これはこれで良いのだろう。最近の『プライベート・ライアン』(1998)、『A.I.』(2001)と、家庭に戻ることで幸せを見出すラストで共通しているのも、現在のスピルバーグの関心を象徴しているようで興味深いものだった。


このように、原作の持つ暗い雰囲気は映画では余り感じられない。原作では主人公が妻を疑う場面があったりで、ディックならではの神経症的な世界が展開されていた。しかし映画版はあっさりしたもの。スコット・フランクとジョン・コーエンの脚本は、「誰が黒幕か」「何が真実か」といった点を左程重要視しておらず、「犯人は何でそういう事件を起こしたか」の謎解きに力を入れていて、SFと本格ミステリの融合を試みている。そしてミステリにはユーモアが不可欠さ、とばかりに遊び心を見せているのはまずまず合格点か。大体にして、システムの中枢である予知能力者たちの名前が、アガサ、アーサー、ダシェル(ダシール)と、有名ミステリ作家からの頂きなのも、レヴェルが高いとは言えなくとも認めてはあげようではないか。


この映画を観て、アイザック・アジモフの古典SF小説鋼鉄都市』もいけるのではないか、と思った。SFと本格ミステリの融合を成しえた傑作小説だ。何度も映画化の話がありながら、今のところ幻に終わっている企画でもある。これは是非やってもらいたいものだ。


マイノリティ・リポート』は特に優れた映画ではなくとも、観ている間はかなり楽しめる作品だ。


マイノリティ・リポート
Minority Report

  • 2002年 / アメリカ / カラー / 145分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for violence, brief language, some sexuality and drug content.
  • 劇場公開日:2002.12.7.
  • 鑑賞日時:2002.11.23.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズつきみ野6 ドルビーデジタルでの上映。土曜夜の先々行レイトショー、199席の劇場はチケット完売。
  • パンフレットは700円。パンフレットに珍しくプロダクション・デザイナーのインタヴューやアートワークの紹介、詳細なプロダクション・ノートなど。スピルバーグ&トムの来日記者会見あり。中々充実した作り。
  • 公式サイト:http://www.foxjapan.com/movies/minority/ 壁紙、予告編、スクリーンセーバー、フィルム・クリップなどに加えて、ゲーム、設定画やCGによる小道具・大道具類の紹介など。劇中に登場する2054年版トヨタレクサスや、WILL CYPHAへのリンクもあり。