太陽の雫


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


太陽の雫』は、今世紀初頭から近代に至るまでのハンガリーユダヤ人一家についての物語だ。同時に、ハンガリーにおけるユダヤ人の50年を総括しようという、壮大な野心作でもある。


19世紀末に薬草酒にて財をなしたゾネンシャイン一家は、今世紀に入ると第一次大戦、第二次大戦、戦後のスターリニズムと粛清と、激動の時代を迎えることとなる。判事となった祖父イグナツ、オリンピック選手である父アダム、そして語り部であるイヴァンの三役を、全てレイフ・ファインズが演じているのが見所だ。


ファインズは、まっしぐらに突き進み、やがて自滅してしまう男たちを熱演している。基本的に同じ性格なのは、彼らが女たちと逢引の待ち合わせをする場所が同じカフェであることからも伺える。しかしファインズは、そこに微妙な色あいの変化を加え、三役をきちんと演じ分けている。こういうのを性格演技と言うのだろう。


ファインズ以外の登場人物で印象に残るのは、イグナツの妻であり、アダムの母であり、イヴァンの祖母であるヴァレリーだ。近代的な思想の持ち主であると彼女は、一家の盛衰と男たちの生と死を見つめてきた。歴史の渦中にいながらも、写真を撮るという手段により傍観者でもあったのだ。ヴァレリーの若かりし頃をジェニファー・エール、その後をローズマリー・ハリスと、実際の母子に演じさせているのも成功で、お陰で映画の流れもスムースになっている。共に芯の強い女性像を演じているが、特にハリスの大らかさが作品全体を包み込むようで、この映画の長所の1つに数えられよう。


脇役陣は豪華で、デボラ・カーラ・アンガーレイチェル・ワイズウィリアム・ハート、とハリウッド映画でお馴染みの面々。ただ気になるのは、ハンガリーを舞台にしたハンガリー人監督によるハンガリー映画なのに、役者は米英で揃え、台詞も英語なこと。国際市場を意識してとはいえ、一方で母国語でなくて良いのかとも思う。


ユダヤ人受難の物語は、『シンドラーのリスト』(1993)、『ライフ・イズ・ビューティフル』(1998)に代表されるように、第二次大戦中のナチス・ドイツによる迫害として描かれる場合が多い。しかしこの映画は、旧東欧であるハンガリー国内でもナチスの台頭以前に既に差別があり、その中でユダヤ人であることを隠してハンガリー人として同化しようとしてきた人々をも描いている。こういった日本人に馴染みの少ない史実も知ることもできるのが、映画の持つ魅力/威力なのだ。


この映画で何より強烈なのは、ユダヤ人迫害の加害者はナチスだけではなく、それを見過ごしてきたハンガリー人全体にまで言及している点だ。それがこの映画のテーマともなっていて、ここに差別の普遍的構造を見ることができる。また、薬草酒にすがろうとする一家の姿と、ユダヤ姓を捨てようとする姿に、人間のアイデンティティに対する考察も垣間見ることが可能だ。


全体で3時間という長さだが、3代に渡るテンポの早い物語なのと、イシュトヴァン・サボー監督の太い線でぐいぐい押していくタッチにより、退屈させられることはない。また感動の押し売りにならず、淡々とした終盤も良い。ただ一方で細やかな心理描写に欠けるも事実。そこを補っているのが、このところ不調が伝えられてきたモーリス・ジャール(『アラビアのロレンス』(1962)、『ドクトル・ジバゴ』(1965))の音楽だ。スケールも情感も豊かで、演出上に欠落している繊細さを映画に与えている。


ようやくラストに至って、暗く混迷の時代を辿って来た一家の未来に初めて一筋の光明が見出せる。最近でも『マレーナ』(2000)で素晴らしい仕事を見せてくれた撮影監督のラホス・コルタイは、時代の流れと共に暖色から寒色へと映像を染めていき、最後の最後になって穏やかな色彩を表現している。その情景の中で見せるファインズの表情は、自らを受け入れることにより心の平安が訪れると示唆していて、これが作品の根幹を成すテーマだったと気付かされるのだ。


太陽の雫
Sunshine

  • 1999年 / ハンガリー、カナダ、ドイツ、オーストリア / カラー / 181分 / 画面比:1.66:1
  • 映倫(日本):R-15指定
  • MPAA(USA):Rated R for strong sexuality, and for violence, language and nudity.
  • 劇場公開日:2002.10.12.
  • 鑑賞日時:2002.11.9.
  • 劇場:銀座テアトルシネマ ドルビーデジタルでの上映。土曜3時過ぎからの回、150席の劇場はチケット完売はおろか補助席まで出る始末。実はこの前の週の金曜日に観ようと目論見、上映開始直前に行ったら立ち見と言われて敢え無く見損なったという経緯あり。
  • パンフレットは800円。近代ハンガリーの簡単な年表などもあるが、この内容ならば500円が良いところだろう。
  • 公式サイト:http://www.espace-sarou.co.jp/sunshine/taiyou.open.html 作品紹介、ストーリー、スタッフ&キャスト紹介、実在の薬草酒の話など、全てパンフレットと同内容。公開記念に合わせたオリジナルワインの紹介も。