天国の口、終りの楽園。


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


メキシコを舞台に、ヤリたい盛りの幼馴染の高校卒業生2人(ガエル・ガルシア・ベルナルディエゴ・ルナ)と、訳ありの人妻ルイサ(マリベル・ヴェルドゥ)の3人が、「天国の口」と呼ばれる浜辺を目指すロード・ムーヴィー。一見単なる”ひと夏の思い出もの”または”性春もの”と思わせて、これが奥の深い秀作に仕上がっている。


アルフォンソ・キュアロン監督作品は、前作の『大いなる遺産』(1997)しか観ていない。美しくスタイリッシュな映像や音楽の使い方などに感心したものの、内容自体は深みに欠けてどこか窮屈、正直言って左程関心しなかった。今度の作品は全く違う作風で、奔放でありながら密度が濃く、遥かに素晴らしい。その結果、鮮烈な青春と生だけでなく、現代メキシコをも切り取った作品として、間違いなく記憶と心に残る作品となった。


常にはしゃぎ、発情し、喧嘩し、酒を飲み、マリワナを吸う狂騒的な少年2人にとって、セックスは単なる消費にしか過ぎない。しかし映画のラストで明かされる、人妻ルイサにとってはどうだったのということを考えると、この映画でのテーマが明確になってくる。生きるとはどういうことなのか、人にとっての時間とはどういうことなのか、といったことを実は映画全体で提起していて、さらには青春という輝きを振り返ることの出来るものは幸せである、とまでも言わしめているのだ。大学に入って青年となった2人は、恐らくその意味、あの夏の出来事の意味を忘れてしまっているに違いない。しかし後に振り返ったときに、本当の心の痛み、失われたものへの痛みに想いを馳せることも出来るのである。


まぁこんなテーマがあるから随分と面倒くさい映画のように思われるだろうが、実際は説教臭くない。むしろ上記のテーマが余りにもさらりと描かれているので、ついぞ見逃してしまいそうなくらいである。キュアロンの演出はテンポも良く、随所に際どい笑いも挿入していて、単純に娯楽映画として観ることも可能だ。ガエル・ガルシア・ベルナルディエゴ・ルナの2人は本当の幼馴染だそうだが、そのお陰か息もぴったり。年上の人妻役マリベル・ヴェルドゥとの程好い緊張感も微妙にアクセントとなっている。こういった要素が、単純な演技の良し悪しを越えた真実味のある人間関係として見せてくれるのだ。


観客が少年2人の余りの下品さに置いてきぼりを食わされそうであっても、映画は登場人物から一歩引いた視点を保っているので、そういった観客との接点にもなっているのも面白い。その視点は頻繁に挿入される、第3者の男性による客観的かつ冷静に事実のみを挙げるナレイションによる。醒めた観客にとっては映画との接点となり、少年2人に感情移入する観客にとっては、冷や水を浴びせられたように現実との接点となっている。ナレイションで説明されるのは単に登場人物の状況や心情だけに留まらず、その土地や場所での過去の出来事などにまで及ぶ。この、アルフォンソとカルロスのキュアロン兄弟による脚本のアイディアが素晴らしい。実際のものと思われる警察による検問の映像や、街での事件などとあいまって、映画に強烈な現実感をもたらしている。こういった現実と虚構の巧妙な融合や、臨機応変な演出と編集が作品に息吹を与えていて、実は技術的にも完成度が高いことを示しているのだ。


アルフォンソ・キュアロンの次回作は『ハリー・ポッター・シリーズ』第3作だ。こんな映画を観てしまうと、ある程度予想の付くクリス・コロンバス監督よりも期待してしまう。


撮影監督は『大いなる遺産』と同じエマニュエル・ルベツキ。『スリーピー・ホロウ』(1999)、『ALI アリ』(2001)なども手掛けた才人だ。今回はそれらとは対象の捉え方からして違う。様式美をかなぐり捨て、全編手持ちキャメラ撮影で長回し、セットを使わずオール・ロケという手法。風景も美しく撮っているが、パンなどの動きも含めて何気に技巧を凝らした撮影に手腕を発揮している。


メキシコという土地とこの映画が持つ情熱と精力は、工業製品のようなハリウッド映画に慣れた目に力強く魅力的に映る。その魅力を幾分か損なっているのが、日本公開版に入ったボカシによる修正だろう。いきなり冒頭からして画面の半分がボケボケとなり、そういった修正場面も多いので観ていて興醒めすること甚だしい。ただ幸運なことに、そんな無粋な仕打ちを受けていてもこの作品の持つパワーはびくともしないのだ。


エンド・クレジットで流れるフランク・ザッパの『Watermelon in Eastern Hay』に、青春の残像を聴き、余韻に浸れた。


天国の口、終りの楽園。
Y Tu Mama Tambien

  • 2001年 / メキシコ、アメリカ / カラー / 106分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):R-15指定
  • MPAA(USA):Unrated (No Edited Version) / Rated R for strong sexual content involving teens, drug use and language. (Edited Version)
  • 劇場公開日:2002.8.10.
  • 鑑賞日時:2002.10.5.
  • 劇場:恵比寿ガーデンシネマ2 ドルビーデジタルでの上映。土曜午後の回、116席の劇場は4割程度の入り。
  • パンフレットは600円。道のりを示した地図、来日したアルフォンソ・キュアロンガエル・ガルシア・ベルナルへのインタヴューなど。
  • 公式サイト
    • 日本版サイト:http://www.gaga.ne.jp/tengoku/ キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノートなどはパンフレットと同じ文章。
    • 北米版サイト:http://ytumamatambien.com/ 北米版サイトの方が日本版よりも元気があってお勧め。