インソムニア


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

白夜のアラスカで性格異常者によると思われる殺人事件が起こった。地元警察はLA警察に捜査協力を求め、猟奇殺人事件で名声を得ている刑事(アル・パチーノ)がやって来る。しかし刑事は、捜査中に起こした事件と、かねてからの内務調査課からの圧力によるストレス、そして白夜の為に不眠症に陥る。


猟奇殺人事件ものかと思いきや、ずばり「不眠症」というタイトルが示す通り、実は刑事のストレスフルな内面を描いたこのスリラー。赤黒い血が布地の繊維に染み込む超クロースアップと、眩暈を起こしそうな壮大なアラスカの空撮のカットバックで始まる映画は、『メメント』(2000)で注目されたクリストファー・ノーラン監督作品だ。


トリッキーな構成のスリラーとして評判となった前作と違い、こちらはオーソドックスな作りとなっている。時間軸もほぼ一直線だし、特に謎な部分も無い。じゃぁ期待が裏切られるかというとさにあらず。これががっちりした演出を見せてくれる。


この作品最大の見所は、アル・パチーノロビン・ウィリアムスヒラリー・スワンクの演技だろう。ノーランはまるで、自分は小手先の技巧だけの監督ではない、ちゃんと演技指導も出来るんだと証明してみせ、この3人をまとめ上げる。それがつまりはオーヴァアクトにならなかったパチーノとウィリアムスであり、この百戦錬磨のヴェテランに比べると初々しさと凛々しさが漂うスワンクなのだ。特に素晴らしいのはパチーノで、いつもよりも押さえに押さえていながら、力強さが全身にみなぎっていて、近年でベストの演技だろう。様々なストレスを抱え込むという言わば負の役どころなのに、紛れも無く大スターであると観客と納得させるのは、さすがに格が違うというか。矛盾しているようだが、力強いというのはそういう意味なのだ。疲れ切った表情と緩慢な動作に見出せるのは、その元々の顔付きや演技の手法が、彼以外には全く考えられないくらいの適役だということなのである。


ウィリアムスはいつもの”ロビン・ウィリアムスらしさ”を封じ込め、一見普通の人なのに実は異常者という役柄を余りに自然に見せるのが驚きだ。こういう引き出しをさせた演出に力量を認められる。しかし静かなる熱演を見せるパチーノに比べると、ウィリアムス自身の演技の線の細さと印象の薄さは否めない。一方でパチーノを警官としての師匠と崇める新米警官役スワンクは、作品に新鮮な風を送り込んでいて、印象に残る。


この作品に不満を覚えるとしたら、映画の中盤であっさりと犯人への手掛かりが分かってしまうことだろう。これは謎解きミステリとして観た場合に、明らかな大減点の筈。オリジナル版となった同名ノルウェイ映画は未見なので、その辺は元からだったのかどうかは分からない。しかしそれが左程欠点にならないのは、このハリウッド・リメイク版のテーマが個人の中での倫理感と葛藤だからだろう。ノーランは謎解きよりも、明らかに登場人物の行動と心理に重点を置いている。実際、白夜の中で逆光に映し出される証拠捏造場面の異様な雰囲気と緊張感は、犯人の自宅を突き止めるくだりに比べて力の入りようが違う。但し姿を表した犯人と刑事の駆け引きにやや緊張感と欠いたのは、計算外だったのではないだろうか。それが後半でややもたついてしまう原因となるが、クライマクスでまた盛り返す。


ノーランは一見技巧派だった『メメント』同様に、全編に渡って骨太な演出を見せてくれる。その一方でアクション場面も小技が効いてスリル満点。中でも前半にある濃い霧の中での場面や、中盤の河を流れる丸太を使った場面は出色だ。時折挿入される、不眠症を描写した映像や音響の使い方も上手い。映画全体を弱い白に染めつつ、単なる力一辺倒でも単なる技巧派でもないと主張しているよう。そこいら辺が若手監督らしく、微笑ましささえ感じてしまった。


インソムニア
Insomnia

  • 2002年 / アメリカ / カラー / 119分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for language, some violence and brief nudity.
  • 劇場公開日:2002.9.7.
  • 鑑賞日時:2002.9.14.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズみなとみらい7 ドルビーデジタルでの上映。公開2週目、土曜夕方の回。149席の劇場は8〜9割程度の入り。
  • パンフレットは600円。役者3人衆と監督インタヴュー、不眠症についての解説など、内容は充実している。『チョコレート』もそうだったが、トレーシングペーパーのような紙を使うデザインは、最近の流行り?
  • 公式サイト:http://www.insomnia-movie.jp/ クリストファー・ノーラン監督来日記者会見、予告編、海外でのレヴューなど