アバウト・ア・ボーイ


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

ウィル(ヒュー・グラント)は、クリスマス・ソングで大ヒットを放った一発屋の父親の印税で暮らしている独身男。印税で暮らしているので、生まれたときから働いたことがない。モダンなインテリアのアパートメントに居を構え、責任感への恐怖から女性とは深入りせずに付き合う、独身貴族の毎日を謳歌していた。マーカス(ニコラス・ホルト)は、精神的に不安定な母親(トニ・コレット)と暮らす12歳の小学生。ダサい髪型と服装の、学校ではいじめられて友達も居ない、孤独な少年だ。この2人が出会ったことから、互いの日常が徐々に変化していく。


大ヒット作『ブリジット・ジョーンズの日記』(2001)のワーキング・タイトル・プロと、ロバート・デ・ニーロ率いるトライベッカ・プロの共同製作作品のご紹介。30代イギリスダメ女を翻弄したダメ上司役だったヒュー・グラントが、今回は甘やかされた30代イギリスダメ男として主演を張っているのがお楽しみだ。


この出会いによって、軽薄男と少年が互いに成長していくであろうことは、簡単に予想が付く。『ハイ・フィデリティ』のニック・ホーンビーによる原作は未読だが、皮肉っぽい台詞や主役2人のナレイションからして楽しい。予定調和のプロットにも関わらず最後まで映画を引っ張るのは、脚本と演技、それに演出の質の高さによるものだ。


とにもかくにも絶好調なヒュー・グラント。今一番、無責任な女たらしでも憎めない男として光り輝いている。いやもちろん本人の地かどうかはともかく、余りにも自然なコメディ演技なので、役者本人と役柄を一瞬混合しそうになる。冷笑的で自分を軽薄男と認識しているちょっとナルシスティックなウィルを、ナルシスティックではなく嬉々として演じていて、その軽やかな姿を見ているだけで頬が緩んでしまいう。クライマクスの音痴な見せ場も素晴らしい。ここは涙なくして見られない名場面となった。


一般にはコメディ演技の方が、シリアス演技よりも評価が低い傾向にある。こういう上質の演技は、もっと評価されてしかるべきだろう。


この映画のもう1人の主役を演じるニコラス・ホルトも、全く文句の付けようがない。最初はこまっしゃくれて可愛げが無いように見えるが、少年の素顔が段々と見えてくるようにつれて輝いてくる。彼とグラントとの息もぴったり。この映画の主役はグラント単独ではなく、飽くまでもグラントとホルト少年の2人なのだ。


マーカスの身勝手な母親役トニ・コレットも良い。何だか不幸な役回りが多い彼女は、不幸演技の『シックス・センス』(1999)とも『シャフト』(2000)とも違う顔を見せている。一歩違えば嫌悪感を抱かせる役なのに、微妙なバランスを保っているのはさすがに上手い。


ウィルが本気で惚れてしまうアーティスト役レイチェル・ワイズはパワフルだ。後半にならないと出ないし、登場場面そのものも少ないのに、ひとたび登場すると場をさらってしまう。ダメ男が本気になるのも無理からぬと説得力があった。


左程の出来だった『アメリカン・パイ』(1999)のクリス・ワイツポール・ワイツ兄弟の演出は、あちらとは見違えるセンスの良さ。意外なのは、露骨にアメリカ的だったパイ映画と違い、こちらはいかにもイギリス風の皮肉に満ちた映画になっていること。若いときのイギリス留学が効いたのか? ふざけ過ぎな笑いは殆ど控え、程よく全体にユーモアを配分し、物語の根底に孤独感と幸福感を潜ませる手腕は見事なもの。展開も早過ぎず遅過ぎず丁度良い按配で、それでいながら軽やかなステップを踏んでいる。映像や音楽の使い方にも、さりげないセンスを感じる。
それに何より、子供を使った映画はえてしてあざとさが鼻に付くものだが、この作品に限って言えばそんなことはない。明らかに大人向けに作られている映画だからだろう。


軽めの仕上がりでも中身は充実していて、何気に侮れない秀作だ。


アバウト・ア・ボーイ
About a Boy

  • 2002年 / イギリス、アメリカ、フランス / カラー / 102分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for brief strong language and some thematic elements.
  • 劇場公開日:2002.9.14.
  • 鑑賞日時:2002.9.14.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズみなとみらい5 ドルビーデジタルでの上映。公開初日、土曜夕方の回。111席の劇場はほぼ満席。
  • パンフレットは500円。グラント&ホルトの来日記者会見など。パンフレットとしては平均的な内容。
  • 公式サイト:http://www.uipjapan.com/aboutaboy/ グラント&ホルトの来日記者会見の動画、壁紙、スクリーンセーバー、など。「ウィルの部屋」と題されたFlashを使ったページが面白い。