サイン


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

主人公は妻の死によって信仰を捨てた元牧師(メル・ギブソン)。ある日突然、その一家のトウモロコシ畑に巨大なミステリーサークルが出現する。単なるイタズラかとも思われたが、サークルは世界中で急速に増え続けているらしい。やがて一家の周りで怪異が起こり始める。


シックス・センス』(1999)、『アンブレイカブル』(2000)といった秀作を立て続けに放ったM・ナイト・シャマラン監督・脚本最新作は、これまた出来の良い超自然スリラーだ。上質の恐怖とミステリアスな展開で、観客の目をスクリーンに釘付けにする。


映画は滑り出しから好調だ。ヒッチコックの『鳥』(1963)を思い出させるタイトル・デザインに、これまた黄金期のヒッチ映画常連のバーナード・ハーマンを思い出させる音楽で、緊張感と期待感はいやがおうにも高まる。その後のオープニング、主人公がふと目を醒まし、何となく嫌な予感がした後に登場するミステリーサークル、と繋ぎも上手い。世界中に広がっているらしい現象も、テレビやラジオからしか断片的にしか伝わらず、「何が起こっているのか」と主人公達の不安感と観客の不安感を一体化させる手法も小憎たらしいばかりだ。


この映画では全ての謎が明らかにされる訳ではない。怪異はある日突然起こり、去っていく。それが何故だったのかは分からない。主人公一家の視点からのみ描いている為、謎は謎として残されたままなのだ。その手法は物語だけに留まらず、映像もそう。全てを映し出す訳ではないので、観客は登場人物同様に想像し、恐怖するのだ。


シャマランらしいサインは至る所に見受けられる。超自然現象、主人公の覚醒、家族愛、押さえたタッチ、何気に凝ったキャメラワーク、意匠を凝らしたサウンド・デザインなど。特にサウンド面に関しては前作『アンブレイカブル』から力の入れようが顕著になり、今回も陰の主役と言うべき存在になっている。


何よりもこの映画がシャマランたらしめているのは、使い古されたB級映画的題材を扱いながらも、最後は主人公が自分を取り戻し、それが家族を再び結びつける人間ドラマに集約される点だ。その伏線が用意周到に張り巡らされていて、神経の行き届きようが分かる。驚くようなどんでん返しこそ無いが、ラストで明らかになるテーマと照らし合わせると、納得のいくものとなっている。ただこのクライマクス、謎が解けるのにカタルシスが左程感じられないのは、編集が上手くいっていないからか。それでも相変わらず着実に恐怖を盛り上げていく演出は上手い。己の路線を完全に確立している。


今回は随所でのユーモアの挿入という新しい面まで見せてくれる。笑いはヒチコックの十八番だったが、孤立した家で立て篭もる家族という映画のプロットや、冒頭のタイトルは『鳥』だし、ハーマン調の音楽からしてヒチコックを意識したのは明白。自らの色で染めながらも、偉大な先人に対する目配せも観られて、この映画を楽しいものにもしている。


新しい面と言えば、主役の2人に触れなくてはいけないだろう。どなりちらすことなく、押さえに押さえた演技を見せるメル・ギブソンマイナーリーグスラッガーだった弟役のホワキン・フィーニックス。互いに得意だった、外向的な役と内省的な役を交換したようなキャスティングの妙だ。最終兵器刑事と、剣闘士を司るローマの暴君が役を交換なんて信じられないじゃないか。それぐらい今までのイメージと正反対な役柄なのに、このキャスティング以外は考えられないくらい、2人とも自然に役に溶け込んでいるのだ。特にメルは今までのキャリアの中でも代表作になるのではないかという、控え目でありながらの好演。神への不信を胸に抱いた男を静かに演じていて、それが終盤で感情を露にする場面が余計に引き立たせるのだ。ブルース・ウィリスに続いて、シャマランはイメージの固定した大スターから、新たな魅力を引き出すことに成功した。


そしてシャマラン映画常連の1人、ジェイムズ・ニュートン・ハワードの音楽。バーナード・ハーマンの有名な金切り叫ぶヴァイオリンを強く意識した曲作りを行っている。しかも前2作のシャマラン映画と比べ、メロディもきちんとあるのが大きな違い。これは素晴らしい。


最後にこの映画の功労者として、配給会社の宣伝部を挙げようか。内容を極秘裏にしてもらったお陰で主人公達により共感し、より純粋に映画を楽しむことが出来た。物語を知っていたかどうかで、映画そのものへの見方も大きく変わる筈。思えばインターネットが普及する前の映画鑑賞って、こんな感じに近かったかも。情報をシャットアウトして、音響の良い劇場で観ることをお勧めする。


サイン
Signs

  • 2002年 / アメリカ / カラー / 106分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for some frightening moments.
  • 劇場公開日:2002.9.21.
  • 鑑賞日時:2002.9.15.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘1/ドルビーデジタルでの上映。翌日は敬老の日の振替で休日の、日曜夜の先行レイトショー。452席の劇場は満席。
  • パンフレットは500円。真ん中に変形サイズのページがあり、そこはネタバレ的文章が。ノンフィクションライター山口直樹による、ミステリーサークルの歴史に関する記事など。
  • 公式サイト:http://www.movies.co.jp/sign/ 作品紹介、予告編、それに謎のページなど。人によってはちょっと怖いかも。