トータル・フィアーズ


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

1973年エジプト。鎮魂歌を思わせるメゾ・ソプラノのヴォーカルが流れる音楽を背景に、しずしずと運び出される核弾頭。それを積んだイスラエル軍戦闘機は砂漠で撃墜される。時は流れ現代。弾頭は核テロを目論むグループの手に渡った。彼らの目的はアメリカとロシアが核戦争で壊滅させ、自ら覇権を握ることだった・・・。


CIA情報分析官ジャック・ライアンを主人公とした映画化の第4作目は、勿論トム・クランシー原作の『恐怖の総和』を原作としている。『レッド・オクトーバーを追え!』(1990)、『パトリオット・ゲーム』(1992)、『今、そこにある危機』(1994)とどれも劇場で観ているが、今回の映画化はかなり上出来の方だろう。原作ではライアンは副長官にまで出世しているそうだが、今回は若いベン・アフレックが演じている。シリーズものとしての時系列はともかく、主人公がまだ駆け出しという設定なので、鋭い指摘も中々信用してもらえず、それがスリルを生み出す仕掛けは中々上手い。


映画の前半はテログループの行動、CIAによる情報収集と分析、とかなり地味な展開。アクション・スリラーものを期待すると当てが外れるが、この作品は諜報活動ものなのだ。冒頭以外は特に目立つ場面がある訳でもなく静かに進んでいく。どうも歯切れが良くないが、中盤にある衝撃的展開から物語は一挙に加速、米ロの大統領同士のホットラインも疑心暗鬼を生み、次から次へと状況は悪化し緊張度もエスカレート、両国が核戦争へと突入していく危機が描かれていく。最悪の局面を避けるべくジャック・ライアンは孤軍奮闘し、映画はかなり迫力のある展開になってくるのだ。


監督は『フィールド・オブ・ドリームス』(1989)、『スニーカーズ』(1992)のフィル・アルデン・ロビンソン。前半は今一つ調子が出ないとか、物語は大スケールなのに映画は小ぢんまりしているとか、テログループの印象が薄いとか、色々問題もある。それでも後半盛り上がっていく演出は非常に見応えがある。これだけ楽しませてくれれば十分だろう。


ベン・アフレックアレック・ボールドウィンハリソン・フォードらの歴代ライアンに比べて貫禄不足だが、それがこの映画に合っている。意外にもこのキャスティングは成功だった。上官役モーガン・フリーマンはさすがで、貫禄と知性だけではなく人間味も加味していて、もっと見たいと思わせる。『今、そこにある危機』でウィレム・ダフォーが演じていた工作員ジョン・クラークは、アフレックに合わせて若手リーヴ・シュライバーに交代。ぶつくさ言う様子が面白く、凄腕なのに自然体の演技が人間味を漂わせている。苦悩する大統領役ジェームズ・クロムウェルハト派閣僚役ロン・リフキン以下、脇役陣もずらりヴェテラン揃い。『L.A.コンフィデンシャル』(1997)のダドリー・スミスとエリス・ロウの華麗なる再競演、などとほくそえむマニアックでささやかな楽しみさえあるのだ。


核の描写の手ぬるさはハリウッドらしく相変わらず、1950年代に作られた巨大生物SF映画と五十歩百歩の描写だ。核の恐怖を描きながら、それがもたらす結果については厚顔無恥な描写を観るに付け、何ともやり切れないものもあるのは確か。現ブッシュ政権が核配備を増強していたり、あるいはハリウッドが同政権へ協力しているといった現実と重なって、不気味な感じを与えるのは意図的ではないだろう。


ジェリー・ゴールドスミスの音楽は特筆ものだ。この手の硬派スリラーが得意な彼らしい仕上がりで、作品にプラス・アルファを付け加えている。派手なメロディを避けつつも、着実に映画を盛り上げているのだ。先に書いた冒頭のアリア調の曲からして素晴らしく、クライマクスではプッチーニの『トゥーランドット』を使って冒頭と呼応させる選曲も見事。映画を引き締めているとはこのこと。ロシア風や得意の中東風音楽なども聴けるし、スリリングな場面でも音楽がうるさすぎることなく緊迫感を盛り上げているのはさすが。余りに迫力ある音楽に画面が負けているのは、彼の担当作品の場合でよくあることだが、今回は映像とのコンビネイションも決まっている。それだけ映像にも力がある証拠だろう。エンドクレジットでは主題歌まで披露、ポール・ウィリアムス(『ファントム・オブ・パラダイス』(1974))の作詞、トレヴァー・ホーンのプロデュース、ヨランダ・アダムスの歌という豪華版だった。


トータル・フィアーズ
The Sum of All Fears

  • 2002年 / アメリカ / カラー / 124分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for violence, disaster images and brief strong language.
  • 劇場公開日:2002.8.10.
  • 鑑賞日時:2002.8.12.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘9 ドルビーデジタルでの上映。公開3日目月曜レイトショー、お盆休みの240席の劇場は7割程度の入り。
  • パンフレットは500円。現実に起こった核戦争寸前の危機についてなど。まぁ、値段相応でしょうか。
  • 公式サイト:http://www.totalfears.com/ 壁紙、CIA適正診断、ジャック・ライアン・カルト・クイズ、クランシー原作のPC用ゲーム・サントラCD・クランシーの小説紹介など。