ALI アリ


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


映画は22歳の青年カシアス・クレイが、ヘヴィー級チャンピオンのソニー・リストンを破った1964年の試合を皮切りに、マルコムXの影響で過激なイスラム教であるブラック・モスリムへの改宗及びモハメド・アリへの改名、ベトナム戦争徴兵拒否によるチャンピオンベルト剥奪、そして復活を遂げる1974でのジョージ・フォアマン戦での”キンシャサの奇跡”までを描く。背景には人種差別と公民権運動があり、アリ自身とそれぞれの事件を通して、アリの生き方そのものを1つの時代の象徴、事件として捉えようとしている。


ラップのように語呂もリズムもノリが良い挑発的な発言をまくし立て、リング上で”蝶のように舞い、蜂のように刺す”アリを演じるウィル・スミスは、さすがにラッパーだけに台詞も歯切れ良いし、リング上の動きも凄い。アリ・シャッフルと呼ばれた足のさばき方も含め、アリになりきっている。ハイテンションで喋り捲る公の場に対し、無口な私の場の対比も良い。全体に力は入っているのに、熱くなり過ぎない。但し、好演しているもののカリスマ性に欠けているのではないか。それでも、『メン・イン・ブラック』(1997)等で特撮に食われない稀有なスター振りを発揮していた彼の、これはイメージを一新する意味で代表作になるだろう。


スミスの演技だけではなく、誰もが目を奪われるのはファイト場面の迫力だろう。筋骨隆々とした男と男の激しい撃合いで、キャメラはリング上でボクサーのように縦横無尽に動き回り、時には撃ち合うボクサー同士の間にまで入り込む。まるで観客自身がパンチを受けているかのように錯覚するような映像まであり、こだわり屋マイクル・マン監督会心の出来栄えだ。これだけでもスクリーンで観る価値があろうというもの。


伝記映画によくありがちな主人公の調子の良い面だけ捉えた作品にならず、女たらしの面も描く等、モデルが存命なのに遠慮の無い作りは好感が持る。硬派で内に静かに秘めた男性的なマンの演出は、やはり実話ベースの前作『インサイダー』(1999)を思い出させる。


しかし、僕は作品に入り込むことが出来なかった。映像や演技は申し分無いのに、アリの行動についてまるで説明が無いので、アリが何を考えているのかが良く分からなかったのだ。劇中で時折見せるアリの行動の不可解さ、例えばマルコムXとの決別や、ラストのファイト前に浮気が発覚して妻に問い詰められる場面になると、あれほど多弁だったアリは黙り込んでしまう。アリに詳しい人はその表情から何かを読み取ることも可能かも知れない。しかし僕のようなアリに興味があってもあまり知らなかった人間が観ると、ドラマに入り込む前に「何故?」という疑問が湧いてしまうのだ。アリの台詞ではなく行動で感じて欲しいとの狙いは分かるのだが、いささか説明不足だ。硬質は光を帯びた撮影や、『グラディエーター』(2000)でお馴染みリサ・ジェラードのむせび泣くような歌声に、アリの心情を読み取ることが可能な場面もある。しかし、この映画が観客を選ぶことには変わりない。観客のセンチメンタルな心情を拒むストイックな作りを目指すのは良いとして、一本の劇映画としては敷居の高さを感じてしまった。


一方で、アリについて知っている人達の間では、この映画に対する評価はかなり高いと聞く。4年程前に日本でも公開されたドキュメンタリ『モハメド・アリ/かけがいのない日々』(1996)や、昨年出版されたノンフィクション『モハメド・アリ―その闘いのすべて』なぞに目を通しておけば良かった、と思うも後の祭り。扇情的な陥穽に陥ることなく、ドキュメンタリ・タッチで押したマンの気骨は買うものの、スクリーンと僕との間は少々遠かったのだ。


ALI アリ
Ali

  • 2001年 / アメリカ / カラー / 156分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for some language and brief violence.
  • 劇場公開日:2002.5.18.
  • 鑑賞日時:2002.5.18.
  • 劇場:ワーナーマイカル新百合ヶ丘8/ドルビーデジタルでの上映。公開初日、土曜レイトショー。238席の劇場は半分の入り。
  • パンフレットは600円。アリのバイオグラフィ、武道館でアリとの対戦経験のあるアントニオ猪木インタヴュー、スポーツライター二宮清純の文章など。映画を観た後の簡単な解説書になります。
  • 公式サイト:http://www.ali-movie.jp/ 動画クリップ、壁紙、来日記者会見動画など。ボクシングゲームの絵柄が子供っぽいので、ちょい興醒め。もっとハードでないと。ゲームで勝つとプレゼントに応募出来ます。全体に動きが多く、この手のドラマものに珍しくかなり派手なサイトです。