パニック・ルーム


★film rating: B
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

裕福な夫が愛人に走った為、傷心で離婚した母。そしてその娘。親子の関係までぎくしゃくした2人の新居は、マンハッタンの高級アパートだ。そこには、防犯システムが完璧な避難部屋”パニック・ルーム”があった。越して来た日の夜、3人の強盗がパニック・ルーム内の金庫に隠された財産を狙って侵入、母娘は一足早くパニック・ルームに逃げ込みむ。外部への連絡を絶たれた母娘と、パニック・ルームに侵入しようとする強盗との攻防戦が繰り広げられる。


『セブン』(1995)、『ファイト・クラブ』(1999)と独創的で捻りの効いたスリラーを発表してきたデヴィッド・フィンチャーの新作は、これが意外にも真っ当なスリラー。前作『ファイト・クラブ』のような社会的メッセージも無く、ひたすら娯楽に徹しようとしている。


凝り性のフィンチャーらしく、マンハッタンを背景にした冒頭のタイトル・デザインは相変わらず秀逸。ヒッチコックの名作『北北西に進路を取れ』(1959)でのソール・バスのタイトル・デザインを彷彿とさせる洗練された美は、化粧品CFなぞで真似するところが出くるかも知れない。但し、ハワード・ショアの音楽はバーナード・ハーマンを意識することなく、己を知っているのが彼らしい。フィンチャーヒッチコックを意識したかどうかは分からないが、観客が意識するのは避けられないだろう。何しろ映画の展開自体、冒頭とエンディング以外は舞台となるアパート内で全て進行していくのだから、『裏窓』(1954)を連想させてしまう。家に立て篭もって侵入者を撃退してくのは、サム・ペキンパー監督の力作『わらの犬』(1971)を彷彿とさせるが。


登場人物も場所も限定されていて、しかも各々の人物の性格付けも分かり易い。ヒロインのメグ(ジョディ・フォスター)は離婚で傷付き自身を失い、思春期の娘とも上手くいっていない。娘サラ(クリステン・ステュワート)は反抗期だが不安を抱えている。強盗3人組も、キレ易く頭脳明晰と言い難い男(ジャレッド・レト)、冷静な暴力反対の男(フォレスト・ウィテカー)、静かで不気味・冷酷非情な本性の男(ドワイト・ヨーカム)、と色分けも単純だ。役者は皆、驚くような会心の演技を見せることはなくとも、それぞれがきっちりと演じている。


特にジョディは、さすがに格が違う。相変わらず上手いとしか言いようがない。実は妊娠中の丸みを帯びた身体が母性を感じさせ、的確な演技を見せつつもせせこましくなく、作品にスケールを与えているのはさすがだろう。


デヴィッド・ケップの脚本はハリウッドで話題になったそうだが、ストレートな展開で特に捻りはない。前半には伏線になりそうな題材が転がっているのに、途中で放置したままなのも気になる。後半には母娘と悪人側にそれぞれ波乱を持たせていて、一本調子に陥ることなく観客を飽きさせないが、殴ったり撃ったりをもっと減らし、両者の闘い振りを頭脳戦に絞っても良かったのではないか。 悪人側の描き方も単純過ぎて面白みに欠ける。役者達はそれぞれ脚本通りに演じているのだが、いかんせん頭を使うのがフォレスト・ウィテカー演ずる男だけでは、頭脳明晰な母娘の敵としては役不足。まぁ、『ジュラシック・パーク』(1993)、『シャドー』(1994)、『スネーク・アイズ』(1998)の脚本家なので、高望みはしていなかったが。この人、何でハリウッドでもてはやされているのか不思議。無難にまとめる取り得が評価されているのだろうか。


左程出来が良いとも思えない脚本を補っているのが、フィンチャー監督の力技演出だ。『ファイト・クラブ』を彷彿とさせるCGIを多用した凝りに凝ったキャメラ・ワークは、画面分割、スローモーション等も用いて1つの見ものにさえ昇華させ、ともすれば単調になりがちな映画にアクセントを与えている。特に誰もが目を見張るであろう、映画の序盤にあるキャメラ・ワークは凄い。4階で眠っているジョディから階段をぐぐっと下りて1階に到達、ドアの外にいてそこから入ろうとする男達を捉え、鍵穴の中にまで進み、後退した後に裏庭に回った男たちを追う為にキッチンのコーヒーメイカーの取っ手をくぐり抜け、今度は裏庭から屋根へと伝って侵入しようと上る男たちを追い、階段の吹き抜けを上昇し・・・。と、これを全て屋内からの主観、しかも1ショットで映し出し、映像的驚異に満ちている。そこに彩りを与えるのがサウンドフィンチャー作品常連のレン・クライスによるそれは、相変わらず細かくデザインされていて、これは音響設備の良い劇場で観た方が良いだろう。


この作品で最大の問題は、それなりにハラハラさせる場面もあるが、映画全体で手に汗握る切迫感には遠いこと。その殆どが脚本での問題に起因するものの、『セブン』のクライマクスのようなじりじりした緊張感もここにはないのだ。フィンチャーの技術力の高さは証明しても、彼らしい毒に欠けるのも物足りない。結果的に『パニック・ルーム』は個性派監督が職人に徹して技術を提供した作品であり、中々面白いし良く出来ているところもあるけれども、それ以上でもそれ以下でもない映画となった。


と、ここで思ったのは、ここまで真っ当なハリウッド映画を撮れるのであれば、次回作『M:I-3』も無難に仕上げられそうだ、ということ。製作は口を出すので有名な主演スターのトム・クルーズなので、過去に映画会社と闘って来た監督だけに何だかんだで一悶着ありそうな予感もするが、スポイルだけはされないようにして欲しいものだ(後日、フィンチャーの降板が正式に発表された)。


パニック・ルーム
Panic Room

  • 2002年 / アメリカ / カラー / 113分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for violence and language.
  • 劇場公開日:2002.5.18.
  • 鑑賞日時:2002.5.18.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘2/ドルビーデジタルでの上映。公開初日、土曜レイトショー。280席の劇場は完売だった。
  • パンフレットは600円。ジョディ来日記者会見、フィンチャーへのインタヴュー等。各ページの見出しが映画のタイトルデザインを模していたり、レイアウトが何気に凝っています。そのパンフレットによると、怪我で降板したニコール・キッドマン(その代役がジョディ)が、意外なところでキャメオ出演していたそうです。
  • 公式サイト:http://www.panicroom.jp/ スタッフ&キャスト紹介、プロダクション・ノート、予告編、ジョディ来日記者会見採録、記者会見動画など。