トンネル


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


ドイツで放送されたテレビドラマを再編集して劇場公開した作品としては、旧西ドイツの『U・ボート』(1981)という傑作があった。この『トンネル』もそれに勝るとも劣らない出来映えで、重量級の映画として見せる。


東と西に分断されたベルリンの間に壁が築かれたのは1961年。その後も旧ソ連が統治した東側から西側に逃亡しようとした人々は後を絶たなかった。この映画は、ベルリンの壁の下に145mものトンネルを掘って脱出を試みた人達の実話を元にしている。


まず面白いのは、一度西側に脱出した人々が東に残った家族を救うべく東から西に向けてトンネルを掘るところ。確かに東でトンネルを掘るのは、見つからないようにしたりで不可能に近かったかも知れないが、通常の脱走ものとは逆転の発想がアイディア賞ものだ。実話とは言えこんな映画は珍しい。西側では主人公達に同調してトンネル堀りを手伝う人も出てきたりで、段々と人手が集まっていく様子も盛り上がっていく。


トンネル掘って脱走の映画と言えば名作『大脱走』(1963)にとどめを差すが、こちらでは掘った土の処理をどうしたのかなどが良く分からず、作業の描写の緻密さではあちらに負ける。それでも落盤、漏水、スパイ、東側の探知機による捜査等、危機には事欠かない。しかしこの作品の真価は丁寧な人物造形にある。


主人公は東側の水泳チャンピオンのハリー(ハイノー・フェルヒ)。単に肉体的にタフなだけでなく、かつて反政府行動で逮捕された経歴があったりで、気骨のある人物として描かれている。実話ものとは言え、主人公がヒーローの素質を持っているのが頼もしい。こういった人物設定に、構えることなく娯楽映画としても観られるようになっているのだ。


彼の周りに集まってくる人物も皆個性的。ハリーの親友であるマチスセバスチャン・コッホ)は元技師で、脱出の途中で東側に身重の妻を捕らえられて両親の呵責を感じている。壁を境に恋人と引き裂かれた娘フリッティ(ニコレッテ・クレビッツ)は、恋人を救うべく計画に参加る。このようにそれぞれがきちんと描かれているのは十分評価に値する。他のメンバーの中にも、もっと描かれていても良いのでは、と思わせるくらい興味深い背景を持っている者もいるが、上映時間の都合ではしょられたのかも知れない。それでも各人の動機が伝わるようにはなっている。


当然こういった作品に欠かせない敵役も登場する。ねちねちと心理的な脅しをする役人クリューガー(ウーヴェ・コキッシュ)は陰湿なだけでなく切れ者としても描かれていて、映画のスリルに一役買っている。


ハリー役フェルヒは”ドイツのブルース・ウィリス”などと呼ばれているそうだが、なるほどルックスも演技も『ダイ・ハード』(1989)の頃のウィリスを思い出させる。役者全員が日本では馴染みの無い面々なので、スターが生き残る方程式が通用せず、余計に実録ものとしてのリアリティとサスペンスが盛り上がる。


フリッティの恋人とのエピソードも交えながら、やがて彼女とハリーが引き寄せられていくのも説得力があり、ハリウッド・スターの荒唐無稽なラヴ・ロマンスとは雲泥の差。ヨーロッパ映画が得意なリアルな人物描写がここでも生きている。


ローランド・ズゾ・リヒター監督の演出は骨太で、丁寧なドラマ部分にスリリングな場面を織り込み、長い上映時間を全く飽きさせること無くぐいぐいと引っ張っていく。壁に引き裂かれた恋人たちの場面など、映像的にも優れたところも少なくない。終盤30分は文字通り手に汗握る大迫力、こりゃ本当かいなと思わせる部分もあるが、ギリギリと神経を締め付けるような手さばきが見事。最初から劇場公開を想定して作ったそうだが、緻密でありながらスケールが大きく、見応えがある。


壁の向こうを夢見て命を落とした人もいた悲劇を見据えながら、困難を乗り越えようとした人々を描き、胸を打つ仕上がりの力作だ。


トンネル
Der Tunnel

  • 2001年 / ドイツ / カラー / 167分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Not Rated
  • 劇場公開日:2002.4.13.
  • 鑑賞日時:2002.5.1.
  • 劇場:シャンテ・シネ1/ドルビーSRでの上映。公開3週目、映画の日昼前の回。日比谷の226席ある劇場は、座り観も出る盛況だった。
  • パンフレットは600円、監督&モデル人物インタヴュー等。ベルリンの壁の歴史について書かれたページは勉強になります。監督によると「90%が事実、10%がフィクション」だそうですが、どこが実話でどこが作ったのか書いてあると尚良かったです。
  • 公式サイト:http://www.alcine-terran.com/data/tunnel/tunneltop.html スタッフ&キャスト紹介などは珍しくありませんが、変わっているのは「Tunnel Supporter's Link」。パンフレットにも記載のあった「ベルリンの壁写真館」、”ドイツのことならおまかせ!”なサイトへのリンクがあります。