マルホランド・ドライブ


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


前作『ストレイト・ストーリー』(1999)でほのぼの路線に変更かと思わせていて、やはりデヴィッド・リンチはかつての独自路線に戻って来た。


マルホランド・ドライブとはハリウッドを見下ろせる曲がりくねった道路の名前。深夜にマルホランド・ドライブで交通事故に遭い、記憶喪失になったブルネットの妖艶な美女(ローラ・エレナ・ハリング)は、手助けしてくれた若く親切なブロンド美女のベティ(ナオミ・ワッツ)の助けを借りて、自らの正体を探ろうとする。


50年代ポップスに合わせて男女が踊るカラーのシルエットに、やがて浮かび上がるのは老夫妻と若い女が笑っている映像。意表を付いた冒頭から事故の起こるマルホランド・ドライブの場面になる繋ぎは、相変わらず意味が分からないけれども魅力的だ。物語も謎が謎を呼ぶ展開で、観客を飽きさせることはない。TVシリーズツイン・ピークス』(1990)の1stシーズンを観た方は、あんな感じだと言えばお分かりだろうか。ベティとブルネット美女が一緒に謎を探っていく趣向も探偵小説風で興味を抱かせるし、ブロンドとブルネットの美女の組み合わせはヒチコックの『めまい』(1958)を思い出させた。


また、この映画はハリウッド業界内幕ものも絡めている。ベティはハリウッドで女優になる夢を抱いて来た、若く希望に溢れた明るい女性として描かれていて、前途有望、ハリウッドで認められていくであろうサクセスストーリーとしての側面もあるのだ。一方で、映画の出費者であるシンジケートの横暴で自分の作品を思い通りに出来ない若手有望監督(ジャスティン・セロー)のエピソードも交え、やがて2つのプロットが微妙に交錯していく按配。ミステリに俗っぽいサイドストーリーを絡め、脱力ものの笑える場面も散りばめ、スリルと笑いを交えたリンチの演出は絶好調だ。


ところが映画が始まって2時間もすると、割合に理路整然と進んでいた映画がいきなり急展開する。物語は一挙にダークな雰囲気に変化し、展開も理屈で説明出来ない不条理なものになるのだ。


元々はテレビシリーズとして作られたのがオクラ入りし、再編集されて劇場版として蘇ったこの作品。単なる登場場面しかないロバート・フォスター演ずる刑事や、大笑いの間抜けな殺し屋など、中途半端なエピソードも散見する。その為全体にまとまりに欠けるが、常連アンジェロ・バダラメンティの妖しいメロディに乗せられ、終盤の展開に呆気に取られている間に、そんなことは取るに足らない些細なことだ、としてしまうリンチの豪腕振りを観るのがこの映画最大の楽しみだろう。意味が分からなくても欠点になっていないし、それが面白いというのは一体どういうことなのだろうか。恐怖と笑いがビザールな闇に満ち、観終えた後に夢の儚さ、一抹の切なさを感じさせる。こんな作品を撮れるのはリンチしかいない。前々作『ロスト・ハイウェイ』(1997)は、意味が分からずしかも余り面白く無い作品だったが、嬉しいことに今回はそれとは完成度と娯楽度の両方で雲泥の差の出来栄え。個人的には今までのリンチ作品の中で一番楽しめた。


そしてこの映画は、主人公を演じるナオミ・ワッツというスターの誕生を目撃する映画でもある。ハリウッドの光と影を体現する造形が素晴らしい。オーディション場面などでも上手さを見せていても、それが鼻に付かない。熱演でありながら自らを見つめる冷静さも持ち合わせている姿勢は、大物の片鱗を伺わせる。スクリーンから目が離せないというのはこのこと。『リング』ハリウッド版の主演も楽しみな逸材だ。


マルホランド・ドライブ
Mulholland Drive

  • 2001年 / アメリカ、フランス / カラー / 144分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for violence, language and some strong sexuality.
  • 劇場公開日:2002.2.16.
  • 鑑賞日:2002.3.22./渋谷東急3/ドルビーデジタル
  • 公開約1ヶ月後、金曜昼最初の回にも関わらず、374席の劇場は約6〜7割の入り。
  • パンフレットは800円、リンチやキャストのインタヴュー、川勝正幸滝本誠らの寄稿文、脇役に至る登場人物紹介など。一部袋とじになっています。
  • http://www.mulholland.jp/ いきなりの女声が怖いサイト。無論、陰鬱で美しいバダラメンティの音楽も流れます。予告編、壁紙、BBS、劇場案内、リンチ大好き映画評論家今野雄二の解説(解釈)など。