インティマシー/親密


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

ロンドン、冬。毎週水曜日の午後2時になると男(マーク・ライランス)の部屋を訪れる女(ケリー・フォックス)。中年の2人は互いの名前も知らず言葉も交わさず、ただ身体だけ求め合う。やがて男が女の素性に興味を持ったことから、それぞれの奥に秘められた感情が露になっていく。


2002年のベルリン映画祭グランプリに当たる金熊賞宮崎駿の『千と千尋の神隠し』(2001)だったが、その前年の金熊賞はこの『インティマシー/親密』だった。誰が言ったかフランスの蜷川幸雄こと舞台演出の重鎮パトリス・シェローの監督作品でもある。日本でも話題になった映画『王妃マルゴ』(1993)、『愛する者よ列車に乗れ』(1998)は残念ながら見逃していて、過去に観たのは映画監督としての処女作『蘭の肉体』(1974)のみだ。そもそも観た動機がシャーロット・ランプリング主演だったから、というものだったけど、ジェームズ・ハドリー・チェイスの原作は読んでいないが、ぶった切ったような殺伐とした空気感が印象的なハードボイルド・スリラーだった(DVDタイトル『愛の肉体』てゆうのがちとなァ)。


今回の作品も、その記憶に残っていた荒削りな演出の延長上にあったように思った。


前半では男女の間に台詞は殆ど無く、激しい情交シーンが延々と描かれる。その合間に妻子を置いて家を出た回想や、勤務先のバーの新米や救いの無い友人との関係から、彼ジェイの人間性が浮かび上がって来る。ジェイは結婚の失敗からだろうか、本質的に深い人間関係から逃避している男だ。ここいら辺は繊細ではないものの、力強くひりひりするタッチで描かれ、中々に厳しいムードで宜しい。ジェイを演じるライランスも、孤独な中年男の風情を漂わせていて良い感じだ。初めて見る役者だが、舞台俳優らしい大袈裟な演技を抑えているのに好感を持った。また、ロンドンの下町が舞台で、俳優もイギリス人が主、台詞は全て英語にも関わらず、ここで描かれる設定やドラマがフランス映画らしいと感じた。


映画の中盤、ジェイが部屋を出た女の跡をつけるくだりは、奇妙なサスペンスが盛り上がる。エリック・ヌヴーのビートの効いた音楽も効果的だ。女の素性がやがて分かり、彼女クレアが何でジェイのような見ず知らずの男と関係を持つようになったのか、その心の内が段々と見えてくる仕掛けになっていて、画面から目が離せない。


クレアの友人役を演じていたお久しぶりのマリアンヌ・フェイスフルが、すっかり太ったおばさんになっていたけれど、味のある佇まいが作品に落ち着きと格を与えている。クレアの夫役ティモシー・スポールも人間味溢れる素晴らしい演技。ヒロインのクレア役ケリー・フォックスは文字通り大熱演で悪くないけれど、ライランス、フェイスフル、スポールに比べると印象が薄い。


ジェイからするとしがらみの無い身体だけの関係だった筈なのに、やがて相手の心も欲しくなってくる。一方のクレアは身体だけの関係を求めている。一般的に言われる男女の思考回路を逆にしたような状況が非常に面白く、シェローとアンヌ=ルイズ・トリヴィディクの脚本は肉体の親密さと感情の親密さについて考察し、男女の性に関する意識を炙り出す辛辣な実験そのもの(原作は『マイ・ビューティフル・ランドレッド』(1985)の脚本家ハニフ・クレイシ)。しかし残念ながら、脚本は非常に良く出来ているのに、作品自体は心の奥底に響くほどではない。僕自身はセローの突き放した視線に、ジェイへの幾ばくかの同情が混じっていた気がした。もっとジェイとクレアととことん突き放し、追い詰めても良かったのではないだろうか。だから、デヴィッド・ボウイーの歌声が流れるラストも、その搾り出すような声が意外と効果を上げていない気がしたのだ。


映像は全体に優秀で、撮影監督のエリック・ゴティエは素晴らしい技量振りを発揮している。全て手持ち撮影、色味の薄い寒色系が多く、時折交える暖色系が効果的。剥き出しになった裸体が冷え冷えとして雑然とした屋内に投げ出され、絡み合う肉体を陰影に富んだ映像として切り取っていて素晴らしい。ロンドンのロケ撮影も住人たちの生活感が伝わるよう。素性も知らずに週1回の関係を持つ男女、という設定自体がやや現実離れしているのだから、そこに現実感の息吹をもたらした映像は天晴れとしか言いようがない。


インティマシー/親密
Intimacy

  • 2000年 / フランス、イギリス、ドイツ、スペイン / カラー / 119分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):R-18
  • MPAA(USA):Rated R for strong sexual content and language.
  • 劇場公開日:2002.1.12.
  • 鑑賞日:2002.2.8./恵比寿ガーデンシネマ1/ドルビーデジタル
  • 公開4週目、金曜昼前の回、232席の劇場は3割の入り。客層は男性は高齢者が多く、女性の年齢層は幅広かった。
  • パンフレットは800円、評論家やピーター・バラカンらの批評・エッセイ、主要スタッフ&主役2人のインタヴュー記事、シナリオ採録など。表紙カバー付とは珍しいし、サイズもハヤカワ・ポケット・ミステリと同じくらいで、文庫本のよう。ノンブルで92ページもあるので、読みではあります。この劇場で公開される作品は、全体に工夫が楽しいパンフレットが多いようです。いつもたまたまかな?
  • 公式サイト:http://www.herald.co.jp/movies/intimacy/ キャスト・スタッフ紹介、パトリス・シェローのインタヴュー(パンフレットと同じ)など。”イントロダクション”でまるで本番シーンとして撮影されたかのように書かれていますが、シェローは別媒体のインタヴューで笑いながら否定しているので、そっち方面で期待しないように。