ムッシュ・カステラの恋


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


空疎な結婚生活を送る中小企業の中年社長カステラ氏(ジャン=ピエール・バクリ)の英語教師クララ(アンヌ・アルヴァロ)への恋を中心に、周囲の人たちの恋愛模様も交えた小粋な作品は、コメディとしても人間ドラマとしても、楽しくも含蓄のある出来映えだ。監督はバクリと私生活でのパートナーでもあるアニエス・ジャウイ。舞台出身の女優で、バクリと共同で脚本も書いている。ジャウイは恋模様を彩る1人、恐らくはマリワナだと思われる麻薬を売って生計を立てているウェイトレスの役で出演もしている。初の監督兼任でありながら余裕のある演技を見せ、しかも役者としても印象に残るのだから、相当に器用な人と言えよう。


この映画1番の面白さは人物造形にある。カステラはルックスからしていかにも冴えない人物で、社長としての実力もかなり疑わしい人物。学歴コンプレックスで、下品なジョークを連発し、芸術を解せず、ゲイへの偏見も持ち合わせた差別主義者でもある。にも関わらず愛すべき人物なのだ。自分の率直さに忠実過ぎる故に、己の愚かさをすぐに表してしまうおっちょこちょいだし、いくら周りに馬鹿にされていても寛容、そして自分の短所を認めて謝ることもできる。こう見えて大きな人なのだ。


カステラが惚れる40歳のクララは特に美人でもないし、抜きん出た演技力を持っている女優でも無さそう。じゃぁ、性格美人かというとそうでもなく、どこにでもいるような平凡な人に見える。無愛想に感じられる時もあるが、飲みの席でカステラが皆に馬鹿にされているのに気付かない場面で見せる気遣いなど、さりげなく見せる人間味が良い感じだ。


2人の周りにいる人物の造形も、適度にリアルで微笑ましい人達ばかり。遠距離恋愛中の人の良い運転手に、期間限定でカステラの護衛を務める元刑事のボディガード、ボディガードと恋仲になる前述のウェイトレス、ヒマを持て余している為かインテリアと動物への執着が強いカステラ夫人と、誰もが個性的で平凡なのが親近感を抱かせる。


カステラがクララに恋する理由も映画を見る限りでは明確ではない。何故、彼女が舞台女優だと知ると急に惚れてしまったのか、全く説明されていないのだ。逆にクララがカステラを毛嫌いする理由も分からない。彼が中年のハゲ髭親父だからなのか、下品で学の無い人物だからなのか、こちらで勝手に想像するしかないのである。


ところがこの曖昧さはこの映画の欠点になっていない。むしろ長所になってさえする。人物造形や動機付けが100パーセント理由付けされていない点に、人間に対する眼差しの成熟を感じる。人間の行動なんて、いつも理屈で説明出来る訳ではないのだから。これがハリウッド映画ならば、単純明快な人物像にするか、動機付けにやっきになるところ。そうはせず、距離を置きつつも様々な人間性を受け入れるところに、小品なのにこの作品の器の大きさがあるのだ。邦題と違って群像劇とも取れるこの映画には、市井の人々の恋模様・人間模様が息づいていて、そこが魅力となっている。


各人の恋の顛末は、何かこれからの予感があったり、ほろ苦かったり、新たな再出発だったりで、皆ばらばら。そこにぬくもりが感じられるのは、先に書いた通り等身大の人間達だからなのだ。


脚本は全体に良く出来ていて、ジャウイの演出もおかしみを交えてゆとりがあり、これが処女作とは思えない。舞台出身の人の最初の映画は、ややもすると人物で窮々となって舞台劇調に陥りがちだが、その心配も杞憂だ。スコープの構図を使いこなし、さりげなく映画としての広がりも持たせている。才色兼備の新人監督の登場は、今後の作品にも期待を抱かせるものとなった。


ムッシュ・カステラの恋
Le Gout des Autres

  • 2000年 / フランス / カラー / 112分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for language and drug content.
  • 劇場公開日:2001.12.22.
  • 鑑賞日:2002.1.19./銀座テアトルシネマ/ドルビーデジタル
  • 公開5週目の土曜昼の回、150席の劇場は若干の座り見が出るほどの盛況。
  • パンフレットは700円、アニエス・ジャウイへのインタヴューなど。批評中心の作りがアートシアター系らしいが、果たしてそれがパンフレットとしてどうなのでしょうか。批評よりもインタヴュー等の方が資料価値があるというものでは。500円でも良いです。
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