青い夢の女


★film rating: B
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

精神科医ミシェル(ジャン=ユーグ・アングラード)の患者オルガ(エレーヌ・ド・フジュロール)は魅惑的な人妻で、盗癖があるヤバい女。夫である裏世界のフィクサー、マックス(イヴ・レニエ)との暴力的な喜びに満ちた関係を赤裸々に告白しているが、最近のミシェルは彼女の告白中に睡魔に襲われがちだ。フジュロールはファム・ファタルとして強烈な印象を残し、映画の世界へ誘う役所として完璧。ところがある日、居眠りの最中に彼女が絞殺されてしまう。


ジャン=ジャック・ベネックス監督8年振りの新作劇映画のご紹介。『ベティ・ブルー/愛と激情の日々』(1986)が人気の監督だ。僕自身は処女作『ディーバ』(1981)が好きで、これが美しいスリラーだった。今回もベネックス・ブルーと呼ばれる透明感溢れる色彩が画面を満たし、目でも楽しませてくれる。


診療中の居眠りの間に殺された、などと言っても誰も信じないだろう。そこでミシェルの取った行動というのが、取り敢えず死体を隠すこと。次の患者が来る前に、患者が横になる寝椅子の下に慌てて隠すアングラードの姿が笑いを誘う。診療中にオルガの腕がひょこと出てきたりで、ミシェルが患者に気付かれないようさりげなく元に戻そうとする様子が、笑いとサスペンスを引き出す。


さらにはオルガが夫の大金を盗んでいたことから、夫が金の在処を吐けなどと殴りこみに来て、さすがの二枚目アングラードもふんだりけったりで切羽詰ってくる。アングラードは殆ど真面目な演技で通していて、これが余計に可笑しく感じられる。


そう、この映画は巻き込まれ型サスペンス・コメディなのだ。死体を隠したり移動したりの笑いはヒチコックの快作『ハリーの災難』(1955)を思い出させるが、ベネックスのこちらは死体を運ぶ途中のアングラードが氷で滑ってすってんころりん、などとまでやって、笑いの質はスラプスティック調。夜の墓場でダッチワイフ相手に死姦趣味を爆発させるDJ、などという登場人物も爆笑もの。死体を弄んで笑いを取るのだから悪趣味と言えば悪趣味な映画だが、そこはベネックス。映画全体に幻夢感を漂わせ、妖しく錯綜した迷宮を彷徨うミシェルの姿を映し出す。ベタな笑いと幻想味の異質さが面白い。


これがハリウッド映画ならばストーリーを急ぐ展開になるのだろうが、こちらはフランス映画らしく人物描写に重きを置いた作品となっている。展開と展開の合間に幻想場面を織り込み、恋人との痴話喧嘩を盛り込み、特に後者は必然性があるのかいなと思わせつつ、ラストでちゃんと着地させる。最初は単なる死体騒動映画と思わせつつ、意外なことに主人公の内面に切り込んでいくこの映画は、彼の内的冒険と再生がテーマであると気付かせるのだ。最初はうざったく感じられる浮浪者(ミキ・マノイロヴィッチ)の扱いも堂に入っていて、ベネックスの脚本は、ここら辺のさばき加減が良い感じだ。


難を挙げると、ミシェルの恋人が描き込み不足の為に、オルガとの対比が今一つはっきりしないこと。ここが上手くいっていればラストに説得力が増し、引き立ったことだろう。また、前半では追い詰められていたのに、後半は外的な圧迫要因が取り除かれていく為に、サスペンス色がやや薄まる点は意見が分かれそうだ。但し、これはミシェルの内的世界に物語がシフトするので、僕個人はこれで良いと思った。


特筆すべきは撮影の美しさ。場面の多くは夜であり、そこに青を基調とした色彩設計がなされている。闇に浮かぶ水槽を覗き込むような、あるいはその水槽で漂うような気分になれる。しかも、要所にはっとさせられる色味を加えることにより、カラフルな世界を創り上げているのは全く素晴らしい。ミシェルの赤い靴下、死体を包む赤い絨毯、オルガの黄色い車、黄色いペン。これらを細心の注意で配置させている。この独特な世界には惹き付けられずにいられない。撮影監督はブノワ・デロム。『青いパパイヤの香り』(1993)、『シクロ』(1995)などの作品が日本で公開されている注目株だ。


映像を支えるのはラインハルト・ワグナーの音楽。場面によってまるで違うごった煮的な曲を流し、主人公の置かれた混乱状況をそつなく表現していていた。


青い夢の女
Mortel Transfert

  • 2000年 / フランス、西ドイツ / カラー / 122分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):(未公開)
  • 劇場公開日:2003.6.15.
  • 鑑賞日:2002.1.12./シネスイッチ銀座1/ドルビーデジタル
  • 公開5週目の土曜昼の回、273席の劇場は6割程度の入りでした。
  • パンフレットは600円、ヴォリュームはアートシアター系の標準か。ベネックスのロングインタビューが読み応えあり。
  • 公式サイト:http://www.aoiyume.jp/aoiyume/ フジェロール来日同行記、監督&主要キャスト紹介など。