バニラ・スカイ


★film rating: B-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


寡作家ながら『シングルス』(1992)、『ザ・エージェント』(1996)、『あの頃ペニー・レインと』(2000)と佳作・秀作・傑作を送り出してきたキャメロン・クロウ。その新作が、『ザ・エージェント』(この邦題恥ずかしい)以来のトム・クルーズとのコラボレーションで、これが意外なことにスリラーとは期待半分不安半分。スペイン映画『オープン・ユア・アイズ』(1997)をいたく気に入ったトム製作によるリメイク版は、さてどんな出来映えだったか。


大金持ちで美貌にも恵まれた御曹司(無論、トム)は女遊びを続ける毎日。彼がスペイン美人のソフィア(ペネロペ・クルス)をこれぞ運命の人と思ったところ、嫉妬に狂ったガールフレンド(キャメロン・ディアス)の無理心中に巻き込まれる。命は取り留めたものの、事故で顔面崩壊になるトム、じゃなかった御曹司。画期的手術で元の顔を取り戻すものの、やがて周りでは不穏な現象が。夢か、現実か。果たして主人公は狂気の淵にいるのだろうか。


オリジナル版は見ていないが、このリメイク版の内容はそちらにかなり忠実だとか。それでもこの映画はクロウらしい部分が随所にあって、特に楽曲の使い方にその特徴が出ている。例えばトムとペネロペが親密になる場面は、ピーター・ゲイブリエルの『Solsbury Hill』の効果と相まって、ロマンティックな雰囲気を盛り上げる、といったように。しかし歌が場面の意味を補っているところが多いので、歌詞の字幕がまるで出ないのは大きなマイナスだろう。この執拗なまでに歌詞と場面がシンクロするのが、映画の見せ場の1つでもあるのに。


スリル半減に一役買っているのが、”いつだってトム”な大袈裟演技。『ザ・エージェント』では、トムならではのオーヴァー・アクトをひっくり返して笑いに転化させていたのが芸であり、ミソでもあった。今回はそういう趣向が無いので、出ずっぱりの大熱演大会を延々見せられる羽目になる。『ア・フュー・グッドメン』(1992)の悪夢よ再び、とは。


対照的に、ペネロペ・クルスは理想の恋人役を嫌味無く演じているし、ストーカー気味のキャメロン・ディアスは人間味を出した意外な好演。車を運転しながら必死に喋り、訴える姿は強烈だ。取り調べを行う精神学者カート・ラッセルも、誠実そうな持ち味を出して悪くない。この映画では主役よりも脇役の方が見応えがあるのだ。


映画の中でのトムとペネロペの相性はぴったりなのに、残念ながらキャメロン・クロウとスリラーの相性はそうでもなかったようだ。冒頭の何気ない朝の起床から、人っ子1人居ないマンハッタンを恐怖に駆られたトムが疾走する場面への繋ぎとドライヴ感など素晴らしく、かなり期待させる出だしだった。なのに、全体的にスリラーとしての暗さ、切迫感に欠けている。マスクをした主人公が誰かを殺した容疑で取り調べを受けている場面と、彼の回想場面とのカットバックという構成も、今一つ機能していない。暗い取調室に浮かぶゴムマスクは映像として効果的なのに、その雰囲気を生かしきっていない。演出の狙いはスリラーなのにスリルが欠落しているのは致命傷だ。


キャメロン・クロウ作品の特徴に、主人公がどこか居心地悪い状況に置かれているのに、映画自体は居心地の良い感触がある。それが上手いことスリラーとの化学反応が起きなかったのがこの映画。それでも寓意に満ちたクライマクスで打ち出されるメッセージや、ポール・マッカートニーの新曲『Vanilla Sky』が流れるラストの浮遊感に、長所を辛うじて出している。


楽曲に限らずディテイルへの執念は映像にも感じられるのが面白い。音楽で解説しても、映像では全てを語っている訳ではないのだ。印象派の絵画を要所に配し、その意味を観客に任せるのもその手の1つ。そして幾つかの素晴らしい場面は、撮影監督である名匠ジョン・トールと、プロダクション・デザイナーのキャサリン・ハードウィックのコラボレイションによるもの。取調室でのゴムマスク、濡れた夜の裏道、快い暖色系でまとめ上げられたペネロペの部屋等、画面設計が素晴らしい。


デジタル・ドメインによる控え目だが効果的な特撮の使い方にも好感が持てた。


バニラ・スカイ
Vanilla Sky

  • 2001年 / アメリカ / カラー / 135分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for sexuality and strong language.
  • 劇場公開日:2001.12.16.
  • 鑑賞日:2001.12.23./ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘9/ドルビーデジタル
  • 公開2週目の土曜レイトショー、240席の劇場は満席。
  • パンフレットは600円。「M:I-2」に引き続いてのトム君プロデュース作だから、という訳ではないでしょうが(いや、意外とそうだったりして)、豪華なグラビア以外に見所の無い、単なる写真集と化しています。もっと文章での充実を! 次回作「マイノリティ・リポート」は、ワーナーブラザース映画のスピルバーグ監督のSFスリラー。やはりワーナー&スピの豪華パンフレット「A.I.」並のこだわりを見せてもらいたいものですな。
  • 公式サイト:http://www.uipjapan.com/vanillasky/ フォトギャラリー、キャスト&スタッフ紹介、壁紙、サントラ視聴など。トム&ペネロペの来日記者会見映像もあり。