ハリー・ポッターと賢者の石


★film rating: B
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


今、一番世界で有名な少年が体験する冒険と数奇な運命を描いた、J・K・ローリングの大ベストセラー小説の映画化である。両親を悪の魔法使いヴォルデモートに殺され、母親の妹である非魔法族(マグル)一家に預けられ、普通の子として育てられたハリー・ポッターダニエル・ラドクリフ)。ある日、自分が魔法使いであると知り、魔法学校ホグワーツに入学、やがてハリーは仲間と共にホグワーツに秘められた謎を知ることになる。


「原作に忠実」とは言うが、ここまで忠実であろうとする映画は滅多にお目に掛かれない。クイディッチのゲームが小説では2回あったのに映画版では1回しかないとか、ハグリッドのドラゴンのエピソードが短いとか、ケンタウロスのヘンな台詞は全てオミットされてまともに見えるとか、省略されている要素こそあれ、新たに追加されている改変部分は殆ど皆無に近い。この映画にあって小説に無い要素は映像と音のみ、物語の展開は全くの原作通りだ。


もっとも、ワーナーブラザーズの幹部も原作に忠実なのを売りにしたかったのだろうし、一般受けを狙って無難に作品をまとめる為に、クリス・コロンバスという毒にも薬にもならない、しかし好感を持てる作品に仕立てる監督を選出したのは見え見え。この映画には、そもそも原作を超えようとか、大胆なアレンジをしようとか、野心とか野望等という代物ははなから存在しないのだ。


その分、原作の持つ魅力の一つであるディテール”再現”へのこだわりは徹底している。魔法関係の店が軒を並べるダイアゴン横丁の賑わい、ホグワーツ内部の気紛れな階段や大食堂、クライマクスに登場するチェスなど、ステュアート・クレイグのプロダクション・デザインは一流だ。魔法の箒に乗ってボールを争奪する競技クイディッチの場面での激しさなどは映画ならでは。競技場の様子はこういう感じだったのか、と映画を観て知った気になったり。予告編ではビデオ合成みたいじゃん、と危惧していた特撮も割と良く出来て、まぁ及第点だろう。ジョン・ウィリアムズの音楽は彼らしく憶えやすいメロディでも、全編鳴りっ放しで少々うるさいのが難点だった。


キャステングも、ハリー役ラドクリフ少年を筆頭に、校長のダンブルドア先生役リチャード・ハリス、マクゴナガル先生役マギー・スミス、クィレル先生役イアン・ハート、スネイプ先生役アラン・リックマン、ハグリッド役ロビー・コルトレーインなど、原作そのままのイメージ。同級生で優等生ハーマイオニーエマ・ワトソンには、もっとこまっしゃくれた少女らしさが欲しかったところだ。


2時間半以上もある長尺映画は、退屈さとは殆ど無縁。テンポ良く進めて観客の興味を繋げる展開は、長い上映時間を感じさせない。それでもこの映画に物足りなさを感じるのは、映画の長所も短所も、その多くが原作に拠っているのと、大多数の観客を意識しすぎて原作の持つ陰が失われているからだ。


プロットが散漫気味だったり、悪役ヴォルデモートの存在感が希薄なのは、原作の持つ欠点だった。それらは全部で7作と言われる長大な物語のプロローグだから、とも言えるかも知れない。ハリーの内面的成長が無いという批判も的外れだろう。ハーマイオニーや同級生のロンの成長振りと比較すると際立つが、そもそもハリーは魔法界では超有名人なのに、本人はそれを知らずして育ったという設定。その彼の自己発見、自分探しの物語でもあるのだから。だから、誰にでも可能性は隠されている、という単純明快且つ前向きなメッセージを読み取ることは容易だ。原作は、特に新規なものではない誰もが知っているような要素を持ち込み、細かく散りばめたのが、親しみやすさを生み、広く受け入れられた要因なのだ。そういう意味では、映画版でのコロンバス起用は当然と言える。


先に書いた通り、原作を超えようなどという野心と無縁な作品ではあるが、それでも原作の持つ要所での”陰”を削除したのは惜しまれる。序盤の叔母の家族によるほとんど虐待されての生活や、ハリーの孤独感の希薄さが、原作での魔法学校での楽しさ・開放感を引き立てていたのだから。当り障りを避けている脚色は、内容をよりフラットにおとしめているだけなのである。


さらにはクリス・コロンバスの映像へのこだわりの無さ等を見るにつけ、ガッカリさせられたのは大体予想通り。折角撮影監督にジョン・シールを迎えているのに、イギリスらしい曇天な色彩はともかく、余りにも陰影を欠いた薄っぺらな映像は、フラット過ぎる内容を引き立てているだけだ。


とまれ原作を全て映画化すれば前代未聞のシリーズになることは間違いない。既に撮影の始まっている第2作もコロンバスが監督なので、無難・安定路線だろう。でも第3作以降は監督も未定なので、監督の個性が出るシリーズに化ける可能性もある。映画ファンとしてはそれを望もう。


ハリー・ポッターと賢者の石
Harry Potter and the Philosopher's Stone (aka: Harry Potter and the Sorcerer's Stone)

  • 2001年 / アメリカ、イギリス / カラー / 152分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated PG for some scary moments and mild language.
  • 劇場公開日:2001.12.1.
  • 鑑賞日:2001.12.8./ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘1/ドルビーデジタルEX
  • 公開2週目の土曜レイトショー、452席の劇場は満席。前日の内にチケットを入手しておいて良かった。当日購入の場合は数時間前には列に並ばないと入手出来なかったそうな。
  • オールカラーのパンフレットは700円。作品世界の説明やプロダクション・ノート関連、ロケ地紹介等充実しています。ジョン・ウィリアムスの紹介にも1ページ割いていて、「A.I.」といいこれといい、ワーナーは大作の作曲家紹介に熱心のよう。勿論、ちゃんとCDの宣伝にもなる訳ではありますが。
  • 公式サイト:http://harrypotter.jp.warnerbros.com/ ホグワーツに入学したり、クイディッチの訓練を受けられたり出来ます。予告編あり。