メメント


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


memento:【名詞】1.記念品、かたみ。 2.警告となるもの。 3.記憶。 4.思い出。


mementoという単語を辞書で引くと、こういった意味が出て来る。新鋭クリストファー・ノーラン監督&脚本のスリラーは、記憶を題材にした中々に野心的な作品だ。


レイプされた挙句に殺された妻の復讐をしようと、真犯人探しをしている主人公の物語。これだけだと凡脈の設定だが、映画の武器はストーリーだけじゃない。主人公が事件のショックで”前向性健忘”という特殊な記憶障害に陥り、発病する事件前の過去の記憶を持っていても、最近の記憶は10分しか保てない、というのがミソ。だから、ついさっき会ったばかりの人間を忘れてしまうだけでなく、今自分が何をしているのかさえ忘れてしまうのだ。自分の記憶は保てないし、相手も自分の記憶を悪用するかもしれない。そこで撮ったポラロイド写真に”ヤツを信用するな”などとメモをし、重要な事は自分の身体に刺青として残すのだ。自分が書いたメモも、まるで他人からのメモのよう受け取り方で面白い。これは滅多に御目に掛かれないアイディアだ。


映画は終始主人公を追う構成で、この映画をさらに独創的なものにしているのが、映画全体の作り。主人公がある男を射殺するシーンから始まり、何故そこに至ったのかを逆で見せていくのだ。どういうことかと言うと、主人公の記憶が保たれるおおよそ10分ごとに場面が区切られ、次にその10分の前の10分を見せるという具合。つまりは映画の冒頭が物語のラストであり、映画の最後が事件の始まりという仕掛け。主人公の混乱振りが理路整然と追体験出来る緻密さに舌を巻く。御蔭で、今自分が見ている場面は、先に見た”後の”場面へとこういう風に繋がっていくのか、と観客自身が自分で物語を構築/整理しなくてはならない。これはかなりスリリングだ。また、今までは親切そうだった人物が、逆行した次の10分でいきなり悪意に満ちた性格に豹変するショックも、この構成が生み出したもの。こんなのは前代未聞、観客の記憶への挑戦でもある。


映画の中では事件に関する説明調な部分は特に無い。全てを解き明かすことなく重要な部分も曖昧にすることにより、観客自身が映画に参加しているかのように思わせる部分もあり、楽しみを増幅させている。


やがて終盤で明かされる真相は予想外。人間の記憶とはかくも曖昧で、都合の良いように出来ているものなのか。単なる娯楽スリラーと思わせて中々含蓄のある作品だ。


メメント』は非常に知的な映画だ。記憶に対する考察だけではなく、主人公のみならず観客自身をも物語の語り部にさせてしまうものとして。手垢の付いたジャンルと粗筋でも、このような独創的な映画が出来た事を喜びたい。


主人公を演ずるガイ・ピアースは哀しみと焦燥感に苛まれている人物を掘り下げて演じていて、全く素晴らしい。彼の代表作になるのは間違いない。ジョー・パントリアーノキャリー=アン・モスは、共にウォシャウスキー兄弟の『マトリックス』(1999)に出ていた。でもこの映画から受ける印象は、兄弟の秀作スリラー『バウンド』(1996)。パントリアーノも出ていたけれど、映画全体の自信満々な作りや、登場人物限定のドラマという点で。これも映画的記憶というやつか?


メメント
Memento

  • 2000年 / アメリカ / 白黒・カラー / 112分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for violence, language and some drug content.
  • 劇場公開日:2001.11.3.
  • 鑑賞日:2001.11.23./渋谷シネクイント/ドルビーデジタル
  • 公開3週目の祝日金曜日の初回、227席の劇場は立見・座り見が大挙出る大入り振り。この劇場は階段で座り見の人に座布団を貸してくれるので、座り観の人も大勢いた。
  • パンフレットは700円、値段の割にページが少なく割高感がかなりあります。映画評論家今野雄二がお得意の論法を展開して物語を読む解く文章は、まぁ面白いですけど。でもこの内容ならば400円でも良いなぁ。
  • 公式サイト:http://www.otnemem.jp/ キャスト&スタッフ紹介、公開劇場紹介、予告編など。凝った作りですが、見たい情報を探し出しにくいのが難点。ドメイン名が原題を逆転させているのが気が利いています。