ベン・ハー


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


いわゆる名作なので、既にご覧になったことのある方も多いだろう。僕も1998年頃に、画面をトリミングされたLDを友人から借用して見たことがある。当然、劇場で観るのは初めて。1980年頃までは時折リバイバル上映されていたが、スクリーンに掛かるのは久々ではないだろうか。渋谷パンテオンの大画面で観られたのは幸いだった。


ミクロス・ローザによる有名な曲で幕開けとなり、物語は始まる。古代ローマ帝国時代。ユダヤ人の若き富豪ジュダ・ベン=ハー(チャールトン・ヘストン)と、ローマの将軍メッサラ(スティーヴン・ボイド)は、幼馴染みの親友同士。久々に再会した彼らは征服者と被征服者としての立場を実感する。仲間を売れとのメッサラの要求をはね付けたベン=ハーは、親友の怒りを買うのだ。メッサラの奸計に遭ったベン=ハーは、母親と妹を牢獄へ捕らえられ、自らはガレー船の奴隷となる。メッサラへの復讐を誓った彼の過酷な運命は如何に。


物語自体は日本でも有名だろうが、意外と知られていないのが、サブ・プロットにイエス・キリストを絡ませているところ。これは幼少時に原作の子供向け本を読んで驚いたものだった。この映画の終盤数10分では、憎しみと寛容がこの作品のテーマであるとはっきり示される。僕自身は幼稚園がキリスト教系だったのだが(信者ではなかったが)、それでも前述のLDで見たときはこの終幕がやや退屈に感じられた。それが今見直すと興味深く観られたのは、イスラエルの起源や、ベン=ハーの心の動きを読み取れたから。高校生の時分では、単なるスペクタクル活劇としての側面しか観ていなかったのだろう。


序曲と休憩曲を入れて3時間42分の超大作は、これぞ大画面で観る映画との醍醐味を味あわせてくれる。横長画面を左右いっぱいに使った構図や、人物の顔のアップを少なめに使って引きの絵でスケール感を出しているのも、作品の持つ大作感に貢献している。ドラマ展開は最近の映画に比べて相当ゆったりとしているが、何せ画面にスケールがあるので左程退屈することもない。そのゆったり感を出しているのが、撮影や編集の技法が、テレビの影響で細かいショット繋ぎの最近の作品と違うから。1ショット1分以上の長さはざらで、じっくと役者の演技を見せるタイプの映像なのだ。『ベン・ハー』の技法はテレビ画面ではかなりかったるい筈なので、作りからして大画面向きの作品なのでである。


大作にはそれ相応の役者が必要不可欠だ。チャールトン・ヘストンはがっしりした体躯と、ギリシア彫刻のような彫りの深い顔立ちで強烈にアピール。こうなると演技が上手いとか下手とかではなく、自らの存在感で見せる。立っているだけで絵になるのだから。スティーヴン・ボイドも単に憎々しいのではなく、序盤で見せる優しさや無邪気さが印象的。彼が根っからの悪党でないので、終盤に描かれるベン=ハーのローマ帝国に対する怒りも分かろうというものだ。


ウィリアム・ワイラー監督の作品は、ラブストーリー、サスペンス、西部劇、サイコスリラーとどれも手堅い。この作品でも演出はがっちりしていて、逆に言えば生真面目で面白味には欠けるのだが、それでも最高の仕事だろう。只でさえ物語をきちんと語れる監督が減っている中、加えて品と風格を持ち合わせている演出を観られるのは貴重な体験だ。


面白かったのは、ワイラーがボイドに対して「メッサラはベン=ハーにホモセクシュアルな愛情を抱いている」、と演技指導した逸話。そのことはヘストンには知らせずに撮影していたそうだ。今回その前提で初めて観たのだが、なるほどと思った。序盤におけるベン=ハーを見つめるメッサラの眼差しは潤んでいて、恋をしているのは一目瞭然。一方ベン=ハーのそれは馴染み深い親友を見つめる眼であって、恋愛ではない。だから自分の頼みを聞き入れてくれなかった片思いの相手を、愛する余り憎さ百倍として過酷な目に合わせるのも、納得がいこうというもの。製作当時は同性愛を扱った映画はご法度だったので、大っぴらに出来ない設定だった筈。こういう視点で鑑賞するのも宜しいかと。


アクション映画としても見応えあるこの作品で、中盤にあるガレー船での海戦シーンも中々面白い。ミニチュアを多用して作られたこのシーンは、当時のガレー船の仕組みや戦闘の様子が良く分かる。でもやはりこの作品の白眉は、後半にある二輪戦車競争。何度も言い尽くされた感のある映画史に残る大傑作場面だ。メッサラとベン=ハーの闘いを激烈に描いた迫力満点のこのくだりは、広大な競技場のセットで実際に二輪車を4頭馬に引かせて重量感たっぷり。特撮が幾ら進んでも得られないものだ。入場場面は音楽で興奮と緊張を盛り上げ、レースに突入すると音楽を一切使わずに押し切る。抜きつ追われつぶつかりつつ、複数の戦車が競技場を9週する様子は手に汗握る大迫力。激しいアクション場面なのに、何がどうなっているのか分かりやすい撮り方と編集には唸らされた。ベン=ハーは白馬、メッサラは黒い馬と明確な色分けも勿論、ロングショットを時折挿入し、現在何週目を走っているのか分からせる表示機(?)を見せ、観客への説明は丁寧過ぎるくらいだ。編集自体は細かいショットを繋いでいるのに、状況説明がきちんとされているので具体的にスリルも盛り上がる。最近の映画では細切れ編集で目くらまし、何がどうなっているのやら分からないものが多いので、むしろアクション場面の編集技術は低下しているのではないだろうか。


この映画が優れているのは、実はこの”分かりやすさ”なのだろう。ユダヤとローマの歴史、当時の戦争の様子、戦車競争の様子、宗教と圧制などなど、教科書的と言っても過言でないくらい、非常に丁寧に描かれている。そこに前述したメッサラの裏設定があったりと、実は嫉妬の映画として意外に奥もある。誰にでも分かりやすく、教科書映画(内容もそう呼ぶに相応しい)としても、娯楽映画としても面白い。こういった点が長年に渡って支持されている要因なのだ。


こういう原寸大のセットを建てて作られた史劇大スペクタクルは、今後二度と作られることは無い。『グラディエーター』(2000)ではCGIを多用していたが、やはり本物の質感は違いう。イタリアはチネチッタに広大なセットを組み上げた作品でも、要所は絵を使って予算を浮かせているのは『風と共に去りぬ』(1939)同様。昔の大作でも特撮を多用していて、こういう点でも興味深いものだ。


ベン・ハー
Ben-Hur

  • 1959年 / アメリカ / カラー / 212分 / 画面比:2.35:1※オリジナルは画面が70mmの2.76:1、サウンドが70mm 6トラック。本来70mmは2.20:1ぐらいの画面比率なのだが、この作品はさらに横長仕様の特殊なもの。画像を左右に圧縮してフィルムに焼付、上映時にレンズで復元していたのだ。
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):G
  • 劇場公開日:2002.1.19. (初公開:1960.4.)
  • 鑑賞日:2001.10.27.(東京国際ファンタスティック映画祭)/渋谷パンテオン/ドルビーステレオ(?)での上映。
  • 上映は東京国際ファンタスティック映画祭で。1116席の劇場は満員で、若干の立見もあった。客層は意外にも20代〜30代が多かった。この映画祭の客層がそうだからかね。尚、2002年1月19日(土)から2月23日(土)まで、テアトル銀座にてニュープリント版で上映するようです。ここの劇場は同じくワーナー配給の『2001年宇宙の旅』を今年上映していました。今後もこういった名作の中でも大作系を上映してもらいたいものです。
  • 映画祭公式パンフレットは1000円、『ベン・ハー』には2ページ割かれています。
  • 映画祭公式サイト:http://www.nifty.ne.jp/fanta/tokyo/ 簡単な作品紹介、スケジュール表、BBS等。
  • ワーナーホームビデオDVD公式サイト:http://www.warnervideo.co.jp/newdvd/0108/DL-65506.html 定価2,980円で2枚組み特典付きで発売されています。