コレリ大尉のマンドリン


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


あの楽しかった傑作『恋におちたシェイクスピア』(1998)の監督ジョン・マッデンの新作。原作はルイ・ド・ベルニエールによる世界的ベストセラーとの触れ込みだが、日本ではようやく先頃邦訳が出たばかり(東京創元社より)。期待の映画を実際に観て見ると、確かに未読の原作は傑作なのではないか、などと思ってしまった。


第二次大戦中のギリシアの美しい島ケファロニアが舞台。医師イアンニス(ジョン・ハート)の語り部振りや、冒頭の儀式等の当地での人々の生業に始まり、やがて他人事だった戦火の足音が聞こえるようになるまで、じっくりと時間を掛けて描写されて良い塩梅だ。名手ジョン・トールの撮影も見事で、風景がこの映画で見所の一つとなっている。イアンニスの娘ペラギア(ペネロペ・クルス)と無学な漁師マンドラス(クリスチャン・ベイル)の婚約が行われたりするが、やがて島はイタリア軍と少数のドイツ軍によって占領されてしまう。このときの町の長老たちがイタリア軍を馬鹿にするくだりがユーモラス。占駐軍には、発砲したことが一度も無いという、ライフルの代わりにマンドリンを背負ったコレリ大尉(ニコラス・ケイジ)がいて、全体にイタリア軍のやる気の無さが微笑ましい。毎日酒池肉林とばかりに、娼婦たちと海辺で戯れ、酒を飲み、そして歌を歌う。戦争中であっても、イタリア人気質で人生を謳歌しているのだ。


歌とマンドリンを愛でるコレリと、まるで少女のようでありながら教養のあるペラギアのロマンスは納得できる。マンドラスとペラギアは最初から不釣合いだろうから。ケイジのわざとらしい巻き舌し過ぎのイタリア訛りは最初かなり耳に付くが、陽気で礼儀正しいイタリア人の感じは良く出ていた。


占領側であるイタリア軍に対するギリシア側の対応が面白い。不利な戦地でギリシア軍がイタリア軍を破ったことがあるとの自負から、町の長老達が降伏するときもすっかり占領軍を馬鹿に仕切っている。ここだけではなく、ジョン・マッデン監督はユーモラスな描写を交えて快調、なかなか期待させる前半だ。


ところが、肝心のコレリとペラギアのロマンスは予想よりも薄味。2人が結びつくまでは納得出来るのだけれど、それが互いにとって一生に一度のロマンス、とまでは描かれていないように感じられた。2人が愛し合う様子と、恋の想いに満ちたペレギアが山道を下って帰宅する様をカットバックで見せるあたりは、『恋におちたシェイクスピア』で高揚感を表現し切っていたマッデンらしい盛り上げなのだが。


映画は明るいタッチの前半から、後半にかけてがらりと変わる。ムッソリーニが降伏したとの知らせを受け、これで故郷に戻れると歓喜に沸くイタリア軍。しかし映画はその武器がゲリラに流れることを恐れたドイツ軍との激しい戦闘に雪崩れ込む。ここは転調とも言うべき重要な転換地点なのに、今までロクに戦ったことも無い兵士達が一晩で戦いを決意する心情の変化が描けていない。ここに説得力が無いので、激しい戦闘シーンも観ていて引き込まれることはなかった。


この後、ナチスによるイタリア軍捕虜虐殺事件が描かれ、サム・ペキンパー監督の『ワイルド・バンチ』(1969)などを思い出させるスローモーションによる死の舞踏があり、史実に慄然とさせられる。


もう一つ大事な個所で説得力が無いのも、映画に結構なダメージを与えているように思える。身を呈して主人公の1人の命を助ける人物がいるのだが、この人物に与えられた台詞がわずか一言。原作では命を救った理由がきちんと描かれている、とパンフレットにあって、原作かパンフレットを読まないと納得出来ないのではないか。


上記のように、面白い素材、素晴らしい素材は映画のあちこちに散見される。しかし脚本家ショーン・スロヴォの料理がまずいのだろう。要所要所で観客に「なぜ?」と問わせる余地を与えている。マッデンの演出はアクション下手の馬脚を表しているものの、ドラマ部分は悪くないだけに、余計に惜しまれるのだ。


役者ではペネロペ・クルスとこの手の映画に珍しく賢明で理解のある父親役ジョン・ハートが最大の収穫だ。


ペネロペは最近の『ブロウ』(2001)、この映画、LuxのTV-CFと、どの顔も印象が違っていて驚かされる。特にこの映画では前半の少女のような役柄から、後半の意志の強い大人の女性への変貌も力まず自然、さらに役柄に知性を与えることに成功して、ニコラス・ケイジを完全に喰っている。初期の艶笑スペイン映画『ハモン・ハモン』(1992)も印象が強かったけど、まだ若いし、今後が楽しみな大型女優として大いに期待出来る。


ハートは抑え目の表情と仕草に、気の利いた台詞回しでヴェテランの風格。映画の語り部として目立ち過ぎず印象的なのはさすがだった。


コレリ大尉のマンドリン
Captain Colleli's Mandrin

  • 2002年/アメリカ/カラー/125分/画面比1.85:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for some violence, sexuality and language.
  • 劇場公開日:2001.9.22.
  • 鑑賞日:2001.10.3./渋谷東急/ドルビーデジタル
  • 公開3週目の映画の日、平日の最終回。映画の日なのに、824席の劇場は半分の入りなのがちょい寂しい。
  • プログラムは600円、史実や原作の解説なども織り込み、資料として充実しています。劇場にある解説チラシ『「コレリ大尉のマンドリン」ガイドブック』は鑑賞後に読むことをお勧めします。結構ネタバレ気味なので。
  • 公式サイト:http://www.movies.co.jp/corellis/top.html スタッフ&キャスト紹介、壁紙などの定番に加え、画面上のマンドリンをマウスで弾けたり、マンドリンの歴史が分かったり、紙パンフレットに無い独自のコンテンツが宜しい。やはりパンフレットに無い、黒柳徹子&おすぎの対談がありますが、AcrobatReaderが必要です(同ページからダウンロード可)。