ブロウ


★film rating: B
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


1970年代のアメリカで、コカイン流通の元締めとしてシェア80%を誇った実在の男、ジョニー・ユングの波乱に満ちたドラマ・・・。こう書くと身構えてしまう向きもありだろう。しかし麻薬ディーラーの年代記『ブロウ』は、ジョニー・デップの演技派スターとしての魅力が詰まった、ちょっとアイドル映画的な作品になっている。


映画は南米の農家での麻薬精製作業の映像に、ローリング・ストーンズの『Can't You Hear Me Knocking』を流して幕を開ける。映画としてのフットワークの軽さを予感させる始まり。テッド・デミ監督の演出も一気に観客を乗せます。この曲を聴いてすぐに思い出すのは、マーティン・スコセッシの傑作『カジノ』(1995)の1場面。そういや舞台はラスベガスだけど、あちらも70年代裏社会ものだったな、などと思い出していると、登場するジョニー・デップの颯爽とした姿に雑念も消える。


シリアスなドラマ作品で見せる彼の魅力は、何と言っても醒めた眼差しとルックスに似合ったクールな演技。熱演をしていても決して熱苦しくなり過ぎず、リアルなのにリラックスしている。この映画でも単にルックスが美しく撮られていているだけでなく、スターとしての魅力を振り撒いて、後半に登場する妻役ペネロペ・クルスの美貌に負けることがない。麻薬ディーラーという汚れた役柄にも関わらず、また前半快調な映画が後半単調な出来映えに終わってしまっても、彼の姿・演技には惹き付けられる。まさにジョニー・デップを観る為の映画だ。


だから宣伝文句である「真実」とかから一歩離れたスタンスの映画であって、事実の重さとかリアリズムとかはちょっと違う。それが提示されるのはラストまで待たねばならない。デップの演技がリアルでもスターのオーラが強すぎて、映画全体をリアルにしているとは言えないのだ。それが失敗しているどころか映画を救ってもいるのでもある。


これは終盤なるにつれ、より決定的な印象となる。老いさらばえて落ちぶれた主人公も鬱陶しさは皆無で、本当の意味での生々しさはない。普通ならば漫画のようなメイクと一笑にふされるところなのに、この映画では欠点どころかデップ芝居が楽しめるという点で長所にすらなっている。皮肉でも何でもなく、過酷な老境を演じていても役者としてのはつらつとした魅力が出ている。もはやここまでくれば単なる演技とかではなく、ジョニー・デップという一つの芸だ。


しかしこの映画が単なるスターのワンマンショーになっていないのは、父親役レイ・リオッタが予想外に見せる一世一代の名演技のお蔭。いや予想外というより驚きだろう。貧しさに翻弄され、口やかましい妻との結婚生活を続けながら、刑務所を行ったり来たりの不肖の息子に一定の理解を示す男として、静かながらも絶大なる魅力を滲み出させている。息子との距離を微妙に見せる実直な演技は、リオッタの過去の役作りから受ける悪賢いイメージを払拭して、静かな感動さえ抱かせる。息子に注意を促しながら見つめる眼(まなこ)は優しさと諦めが混じり、まだ40代のリオッタはメイクの力を借りながらも、それまでの人生の年輪が刻まれているような好演を見せる。赤と銀のセクシーなポスターから受ける印象と違い、実は優れた父と子のドラマとして見応えがあるのだ。


さらにゲイの美容院経営者を演ずる”ピーウィー・ハーマン”ことポール・ルーベンスの派手な演技も見逃せない。デップとリオッタの醸し出す静けさに対して、儲け役とは言えケバケバしさで彩りを添えている。こういった男性陣に対し、クルスや辛辣な母親役レイチェル・グリフィスは描写が単調で魅力が生かされていない。飽くまでも添え物扱いなのである。


この様に各俳優の演技を楽しんだ後、スクリーンからいきなりガツンと現実が投げ付けられる。映し出されるのは、刑務所にいる実在のジョージ・ユングの顔のどアップ。取り返しのつかない後悔と醜悪さを語る顔は、それまでの映画を一瞬忘れる程衝撃的だ。


ブロウ
Blow

  • 2001年 / アメリカ / カラー / 124分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for pervasive drug content and language, some violence and sexuality.
  • 劇場公開日:2001.9.15.
  • 鑑賞日:2001.9.15./渋谷エルミタージュ/ドルビーデジタル
  • 土曜初日午後の回、302席の劇場は8割方の入り。外国人の客も目立った。デップはやはり人気なのかな?
  • プログラムは500円。かなり主観的な文章で書かれている点で珍品でしょう。”映画評論家”の文章ではよくあるのですが、解説や粗筋紹介、スタッフ・キャスト紹介では珍しい。こういうのは配給会社内でなく、やはり専門のライターに書かせるのでしょうけど。そのキャスト紹介で、映画の序盤に登場するユングのガールフレンド役が、『ラン・ローラ・ラン』(1998)のヒロイン役女優フランカ・ポテンテとはびっくり。
  • 公式サイト:http://www.blow-jp.com/ スタッフ&キャスト紹介、スティル・ギャラリー、ジョージ・ユングの真実(年表)など。