マレーナ



★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


『ニューシネマ・パラダイス』(1988)のジュゼッペ・トルナトーレ監督作品である。『ニューシネマ〜』は未見だが、前作『海の上のピアニスト』(1999)には感心しなかった。寓話や御伽噺の真髄は細部に宿るもの。それなのに肝心の演出が細部をないがしろにして興醒めだったのだ。しかし92分にまとまった今度の作品は、中々感心した。


第二次大戦中のシチリアが舞台。新婚2週目にして夫が出征し、妻である町1番の美女マレーナモニカ・ベルッチ)は残される。12歳のレナート(ジュゼッペ・スルファーノ)はマレーナに一目惚れするが、当然ながらそれは片思いでしかなかった。


少年や町民の言動が露骨に下品なのが、如何にもイタリア映画らしいと言ったら言い過ぎか。余りに美しく、且つ性的魅力に溢れている為、マレーナは陰で言われなき非難を受ける。「あの身体で男日照りな訳が無い」、「娼婦みたいな服着て」。男どもは彼女を単なる性的対象として露骨な視線を浴びせ、女どもは若さと美貌に嫉妬の嵐を投げ付ける。マレーナが道を歩けば誰もが振り返りるが、孤立している彼女は伏目がちに1人歩いて行く。


マレーナ役のモニカ・ベルッチは、実際にかなりの魅力を振り撒いている。台詞は殆ど無く、表情と仕草で感情を演じているのが見られる役に相応しい。特に印象的なのがレナートが覗き見る中、下着姿で踊るマレーナの姿。街では娼婦扱いの彼女だが、夫との写真を胸に抱きしめてレコードに合わせて踊るのだ。マレーナの内面にある純真を信じるレナートの感情を決定付けることになる、重要な場面である。ここでは暗めの暖色系の映像も素晴らしい。そして街中を真っ直ぐ歩くショットの数々。上背のある姿が、眩しい地中海の陽光と白い街並みの中で映える。全体にラホス・コルタイの撮影も、印象的なメロディを聴かせるエンニオ・モリコーネの音楽も、情感豊かに映画と彼女を盛り立てる。彼女の内面が全く描かれていないだけに、より観客の想像力を喚起させる仕掛け。その中心にあるのがモニカ・ベルッチなのだ。


ヨーロッパ映画を見るといつも思うのは、男女に関係無く役者の肉体の存在感がハリウッド映画と違うこと。この映画のベルッチもそう。太めの二の腕、どしっとした腰周り、豊満な胸。裸のシーンも美しいとかよりも、その存在感がリアル。まぁ技術的には潤沢な製作費のハリウッド映画に比べて照明に掛ける費用が少ないので、それがかえってリアルさを出す手助けをしているとかあるのかも知れないが、妙にエクササイズ臭いハリウッド俳優の肉体の貧弱さとは比較にならない。奇麗事でない肉体の持つ言語、雄弁な説得力がある。特にこの映画にはそれが必要であり、また、十分手にしている。


レナートはマレーナをつけ回し、覗き見、果ては下着ドロまで働くが、彼女の魅力では性に目覚めるのも致し方無い所。嫌らしいことは嫌らしいのだけれども、映画の世界では自分はいつもマレーナを救うヒーロー、という随所にある想像場面の挿入もあって、作品全体を覆うユーモアが下品さから救っている。それにより少年の行為が変に生々しくないのは脚本と演出の手柄だろう。この映画で描かれているのは、歳を取った老人の美しい思い出=過去なのだから。


また、下着ドロ発覚事件の家族のリアクションもユーモラスなのが宜しい。その家族の中で特に目を引くのは父親の描き方だ。反ムッソリーニの彼は、すぐカッとなり手を挙げる性分なのに、性に目覚め過ぎた息子を娼館連れて行ったりと、冷静で現実的なのが面白い。こういった描写を見るにつけ、トルナトーレの演出は地に足が付き、笑いと現実味の匙加減が良い塩梅だ。


やがて町はファシズムの波に飲み込まれ、ナチズムの台頭を許すことになる。夫が戦死したとの訃報も飛び込み、生きるためにナチス高級将校相手の娼婦となるマレーナ。墜ちて行く彼女に対しても、無力な少年は何もすることが出来ず、ただ傍観するしかない。益々高まる陰口に対して、1人純潔を信じ、ささやかなレジスタンスを働く姿も健気だ。


マレーナの辿る運命は過酷だが、ただ運命に翻弄されているのではない。彼女が生きる強さを持っているのは、終盤の町に姿を現す場面と、ラストに集約されている。少々歳を取って贅肉が付き、地味な格好になったとしても、勇気ある登場に目を奪われる。このくだりはトルナトーレの女性賛歌だ。


歴史を背景とし、人間の嫉妬や欲望、残酷を描きつつも、コンパクトにまとめてユーモアを塗した肩の凝らない作品に仕上げた話法は、大いに注目すべきだろう。


マレーナ
Malena

  • 2000年 / アメリカ、イタリア / カラー / 92分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for sexuality/nudity, language and some violence.
  • 劇場公開日:2001.6.9.
  • 鑑賞日:2001.6.30./渋谷松竹セントラル/ドルビーデジタル
  • 公開4週間目の土曜日、333席の劇場は7割の入り。
  • プログラムは600円、まぁ無難な作りですかね。白地にタイトルのシンプルな表紙は良いです。
  • 公式サイト:http://www.malena-jp.com/ 粗筋、スタッフ・キャスト紹介、予告編、掲示板等。