イギリスから来た男



★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


”Limey”とはイギリス人への蔑称のこと。イギリス人船乗りが、壊血病予防としてライムジュースを飲んでいて、ライム臭かったのが由来とか。1960年代に英国耽美派美青年として一世を風靡したというテレンス・スタンプ主演、スティーヴン・ソダーバーグ監督の、ハードボイルド作品の原題名でもある。


娘の謎の死を究明すべく、イギリスからLAにやってきた前科者ウィルソン(スタンプ)の復讐を描くこの作品。最大の目玉はテレンス・スタンプ自身だ。


僕は彼の若い頃の作品は、ウィリアム・ワイラーの秀作『コレクター』(1965)しか見ていない。気弱な郵便局員が街で見初めた美しい女性を誘拐して地下室に閉じ込める、今で言うサイコ・スリラー系の作品で、スタンプの冷たいガラスの瞳が強烈だった。60歳を過ぎてかつての美男子の面影は減ったものの、皺の凄みが加わり、ハードボイルド映画に相応しい風貌になった。それが味となってまた良いのである。拳銃を懐から出して構える姿も、警官にハッタリを利かせて喋る姿も様になっている。曰くありげで裏街道を生きてきた男の雰囲気が実に良く出ているのだ。自分なりの筋を通そうとする姿に、男の美学が見出せる。


若い頃の回想シーンとして、スタンプ主演の『夜空に星のあるように』(1967)が流用されているのも面白い。社会派監督ケン・ローチのデビュー作で、スタンプ演じる主役も同じ名前らしいので、この『イギリスから来た男』はその後の物語とも受け取れるようになっている。


ウィルソンが娘の背後を調べると、怪しげな音楽プロモーター(ピーター・フォンダ)の影が見えてくる。ピーター・フォンダも『イージー・ライダー』(1969)以降、1970年代のスターだった。スタンプとフォンダこの2人の対決が、30年以上前の映画の空気を引きずっていて面白い。


脇も70年代スターを配している。フォンダの片腕役バリー・ニューマンは名作アクション『バニシング・ポイント』(1971)(未見なんだよなぁ)の主役。鑑賞中は気付かなかったが、ジョー・ダレッサンドロの名前も確認出来た。アンディ・ウォーホール製作のエログロ・ブラックユーモア・ホラー『処女の生血』(1974)や『悪魔のはらわた』(1974)では、どちらも似通った種馬的役どころだったけど、今回はどこに出ていたのだろう。クレジット順はかなり上なのに、プログラムにはまるで触れられていず、ちょっと分からなかった


ソダーバーグは1963年生まれだから、自分が少年時代を過ごした70年代への郷愁で、この映画のスタイルを飾ってみたかったのかも知れない。


そのソダーバーグは曲者だから、作品が単純なプロットでも油断は禁物。1つの会話も、場所や時間を前後させたりして、空間に広がりを持たせている。これを全編やられるので最初は多少いらついたが、慣れてくると興味深い。実験的な、いわゆる「普通のハリウッド映画」ではまず御目に掛かれない手法だ。こういったアーティスティックな手法は、『アウト・オブ・サイト』(1998)でも見られ、後の『トラフィック』へも繋がっていくのだ。


また、スタンプがギャングが居る倉庫の壁沿いに延々歩くシーンでは、横からの固定ロングショットと、正面から歩く姿を手持ちで後退移動で捉えた画面いっぱいのショットの繋ぎが面白い。その後、倉庫で一旦はぼこぼこにされて外に放り出された後のくだりが強烈だ。道路に放り出されたスタンプが倉庫に戻って銃でギャングどもを血祭りに上げるのだが、キャメラはずっと道路から倉庫を捉えるのみ。暗い倉庫内の閃光と銃声で何が起こっているかを描写するのだ。暴力そのものを描写するのではなく、想像させることによって、よりインパクトが強いシーンになっている。


フォンダ邸で開かれるパーティに潜入し、フォンダを撃つシーンも素晴らしい。スローモーションをヴァイオレンスで用いるのは今や珍しくないが、このシーンはスタンプのエモーションが感じられ、緊張感溢れるものになっている。


単純な脚本でも映像的な工夫により広がりを持たせようとする試みが、この映画の見所だろう。娯楽と芸術のバランスの良さでは『アウト・オブ・サイト』『トラフィック』に一歩譲るものの、スタンプの存在感と相まって、小品でも印象的な作品に仕上がっている。


イギリスから来た男
The Limey

  • 1999年 / アメリカ / カラー / 89分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for violence and language.
  • 劇場公開日:2000.8.19.
  • 鑑賞日:2000.10.1./恵比寿ガーデンシネマ2/ドルビーデジタル
  • 公開約1ヵ月半後、打ち切り直前最後の日曜日昼の回。116席の劇場は7〜8割の入り。父と娘で来場すると割り引きサーヴィスが受けられた。
  • プログラムはB5版で600円。やはりスタンプ中心の内容。来日インタビュー、フィルムグラフィ、評論等。カラー写真もふんだんに使い、レイアウトも全体に格好良いです。