ハンニバル



★film rating: B-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


あの『羊たちの沈黙』(1990)の続編、ということで本国アメリカで大ヒットしている本作。前作でFBI訓練生だったクラリスは捜査官となり、逃亡した人食いハンニバル・レクター博士はフィレンツェで我が世の春を謳歌しているところ。かつてハンニバルにより重症を負った狂える異形の大富豪メイスン・ヴァージャーは、クラリスをおとりにハンニバルに対する復讐を遂げようとする。窮地に陥ったクラリスを救うべく、またメイスンと対決すべく、ハンニバルは行動を開始した。


監督がジョナサン・デミからリドリー・スコットに、クラリスジョディ・フォスターからジュリアン・ムーアへと変更され、映画は前作とはまるで別物となっている。続編を観るつもりではなく、グロテスクな猟奇ホラーの新作として見た方が、精神衛生上宜しい作品だ。


レクター役のキャスティングは、今ではこの人しかいないアンソニー・ホプキンス。しかし今回の演技には違和感を覚えた。前作もオーヴァーアクト気味だったが、ギリギリのラインで踏み止まっていた。それに比べて今回はやり過ぎの割りに恐ろしさが伝わらない。役柄が自由の身となったついでに、演技まで伸び伸びを通り越してしまったようだ。


ジュリアン・ムーアジョディ・フォスターに比べて線が細い女優だが、今回は彼女で良かったと思う。その線の細さが、クライマクスのセクシーなドレス姿が醸す危機的状況に合っていた。


クラリスを追い詰めるFBI幹部役レイ・リオッタは完全なミス・キャスティング。悪い役者ではないが、彼ではせいぜいチンピラ止まり。幹部とはいえ俗物・小物ということだろうか、クライマクスの嬉々とした演技はともかく、貫禄と威圧感が欲しいところだ。


トマス・ハリスの長大な原作をそのまま映画にするのは無理なので、登場人物を刈り込み、筋をすっきりとさせ、心理描写も簡略化しているのはやむを得ない。その結果、映画ならではの変更が、映画と小説というメディアの違いを表層化させている。人物の細かい心理描写が描かれている小説ならではの、唐突でない(出版当時物議を醸した)結末と、文章に比べて人物を直裁的に描く映画版の結末とでは、まるで違うものになっているのだ。これは賢明な脚色だった。しかしきめ細かな人物描写は不得意のスコット監督は、闇で触れ合うレクターとクラリスの微妙な心の動きを描けていない。映画ではレクターの単なる片思いにしか見えないのだ。


また筋がすっきりしたことにより、原作のやや散漫なプロットも露わになっている。原作ではフリークだらけで現実離れした描写・設定が、寓話的・神話的ラストにまで昇華していた。やや散漫なプロットを血と内蔵の絢爛豪華な描写で埋め尽くしたハリスの力技だった。しかし映画のラストは神話よりも現実味を選択し、より一般大衆的な内容に近付けようとして、それがこの映画に歪みをもたらしているのだ。ハリスとは別の、スコットならではの力技でねじ伏せてもらいたい所だったが、残念ながら上手く行っていない。


映像的にはスコットらしい、冴えた場面が幾つかある。光と闇で彩った前半のフィレンツェ編の主役、刑事パッツィ(ジャンカルロ・ジャンニーニ好演)が、メイスン・ヴァージャーの賞金に目がくらみ、レクター殺害を企む。そこでスリを使ってレクターの指紋を取ろうとするのだが、ここは中々スリリング。また、殺し屋達と待ち合わせる、ヴェッキオ橋前の夕焼けの映像は息を呑む美しさ。そして前半のクライマクス、カッポーニ宮殿の凄惨なシーンも目を見張る。前半は概ねペース配分も程よく、レクターに近付くパッツィの危機を緊張を持って観る事が出来た。


ところが後半は物語を追うのに忙しく、1つ1つのシークェンスの緊張が盛り上がる前に次の展開へと移行してしまい、観客側の気持ちも分断されてしまう。また、FBI局内で孤立無援となり、社会的危機の崖っぷちに立たされるクラリスの孤独も踏み込み不足だ。ヴァージャーとレクターとの対決も呆気無い。最近の大作が長尺となる傾向は歓迎出来ないにしても、この大作映画はあと15分長くても良かった。血塗られたクライマクスも、残虐さでハリウッド大作の限界に挑戦していても、映像的にはショッキングなのに映画として盛り上がりに欠けてしまっていた。


映像で風格を出そうとしているこの映画で足を引っ張っているのが、ハンス・ジマーの音楽。『グラディエーター』(2000)に続きクラシックのパクリを臆面もなくやってのけ、安い音楽を提供している。ジマーならではのフレーズも聞かれない。『グラディエーター』『M:I-2』(2000)と続き、この人もちょっと重傷かも。


結果的に『ハンニバル』は、”それなりに面白いホラー映画”どまりの仕上がりだ。観客に差し出されるのは、派手でグロテスク、大衆化されたリドリー・スコットの料理だけだ。


ハンニバル
Hannibal

  • 2001年 / アメリカ / カラー / 131分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):R-15
  • MPAA(USA):Rated R for strong gruesome violence, some nudity and language.
  • 劇場公開日:2001.4.7.
  • 鑑賞日:2001.3.31./ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘1/SDDS
  • 先行上映の土曜レイトショー、新百合最大452席の中劇場は満席。
  • プログラムは600円、最近の大作はすっかりこの値段ですね。内容は50ページ弱のボリュームと頑張っています。カラー写真も豊富で、さながらアンソニー・ホプキンスはアイドル扱い。キャスト/スタッフの丁寧なプロフィール、インタビューにも分量を割いています。
  • 公式サイト:http://www.hannibal.ne.jp/ 予告編、上映劇場案内、プロダクションノート、スタッフ・キャストのインタビュー、BBSなどの定番も充実していますが、”フィレンツェ観光案内”、クイズのある”メイスン邸””レクター博士の邸宅”など、遊べるコンテンツ盛りだくさん。”ジョディ・フォスター降板の理由は?”などのFAQや、映画のマニアックな疑問に、映画評論家の佐藤睦男氏が回答している”TRIBUTE”コーナーもあり。