トラフィック



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


この映画は麻薬戦争そのものを描いたものであって、麻薬の恐ろしさを描いたものではない。前提として既に”麻薬”という存在があるのだ。その点で日本人に馴染みにくい部分があるのは確か。それでも現代アメリカが抱える病根を、麻薬ルートとその中の個人という視点で描いたことにより、同時代的に伝えることに成功している。スケールの大きさと緻密な構成、的確で無駄の無い演出と演技には唸らされた。


物語は大きく3つのパートに分かれる。


シンシナティ編の主人公は、麻薬取締最高責任者に任命された最高裁判事。彼は高校生の娘が麻薬の虜となっている事を知ない。サンディエゴ編では、いきなり逮捕された夫が、実は麻薬密輸業者だったと妻は知り、妊婦の身で途方に暮れる。そこに麻薬組織摘発を進めようとする刑事2人が絡んでくる。メキシコ編のティファナでは、麻薬ルートを追う刑事2人が巨大組織に取り込まれそうになる。


この3つのパートが複雑に絡み合い、交錯し、すれ違っていく。スティーヴン・ギャガンのシナリオは緻密でスリリング。麻薬組織側と取締側、そして麻薬常用者と麻薬供給の全体を描くことにより、システムの構図を描き出している。しかも各人物が的確に描かれている為に、無味乾燥なものではなく、人間模様まで浮き彫りになる絶妙さ。無論、そこに肉付けするのは役者陣なのだが、この全体構成は素晴らしい。


これらの中ではティファナ編が抜群の出来だ。アメリカ映画によくある、外国を舞台にしているのに登場人物は皆英語という嘘臭さを避け、スペイン語の台詞と英語字幕で貫く。刑事役ベニチオ・デル・トロのおよそ演技らしくない控え目でリアルな演技と、トーマス・ミリアン演ずる将軍の貫禄が見もの。派手な場面は少ないながらも、じわじわとした緊張感たっぷりの展開だ。


サンディエゴ編も悪くない。序盤の警察対組織の銃撃戦に、中盤以降の証人暗殺指令と、派手は部分は一手に引き受けている。刑事コンビのドン・チードルルイス・ガスマンも良いし、やがてしたたかな麻薬元締めに変貌していくキャサリン・ゼタ=ジョーンズも悪くない。但し彼女の弁護士役デニス・クウェイドは完全なミス・キャスト。良い俳優だが役に合っていない。このエピソードで特に面白いのは、逮捕され、警察に匿われる証人役ミゲル・フェラー。「お前らのやっていることは無駄だ」と言ってのける図々しさが印象的だ。


この2つに比べて弱いのが、序盤は期待させながら、後半は安っぽいメロドラマへと化していくシンシナティ編だ。しかしながら判事役マイケル・ダグラスの演技は素晴らしい。『ワンダーボーイズ』(2000)といい、これといい、役者として今が一番良い時期と断言できよう。降板したハリソン・フォードで見たかった気もするが、実のダグラス夫人であるジョーンズとの絡みも無く一安心(そんなもの、この映画では見たくない)。


込み入った構成にも関わらず観客が混乱しないのは、各土地によって画調を変える正直で露骨な方法のお陰である。シンシナティは冷たい青、サンディエゴは暖色系の黄、ティファナはザラついた暗めの黄。手持ち主体の撮影もスティーヴン・ソダーバーグ自身が行っている。ソダーバーグ監督は傑作『アウト・オブ・サイト』(1998)でも、過去と現在、フロリダとテキサスを色により描き分けていた。そういったテクニックに加え、骨太にぐいぐい押していくパワー。しかも凝った映画にありがちな、単なる頭でっかちではなく、地に足の付いた作風が頼もしい。


トラフィック』は、勢いのある映像が役者の繊細な演技をすくい取る、映画の幸福な瞬間が詰まった大力作だ。


トラフィック
Traffic

  • 2000年 / アメリカ、ドイツ / カラー / 147分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for pervasive drug content, strong language, violence and some sexuality.
  • 劇場公開日:2001.4.20.
  • 鑑賞日:2001.4.21./ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘6/ドルビーデジタル
  • 公開2日目、日曜朝の回、170席の劇場は約半分の入り。アカデミー賞受賞作にしてはちょっと寂しい出足かも。
  • プログラムは600円、キャスト/スタッフの丁寧なプロフィール、アメリカにおける実在の麻薬ルートについての詳細な解説など、全32ページのボリュームは読み応えあり。
  • 公式サイト:http://www.trafficmovie.net/ 予告編、上映劇場案内、プロダクションノート、スタッフ・キャストのインタビュー、BBSなど。内容盛りだくさんです。