スターリングラード



★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


ジャン=ジャック・アノー監督の『スターリングラード』は、1942年にソ連軍対ドイツ軍の激戦が行われたスターリングラードを舞台に、狙撃の腕前で一平卒からソ連軍の英雄へと祭り上げられた実在の青年ヴァシリ(ジュード・ロウ)と、彼を撃つ為に送り込まれたドイツ軍将校ケーニッヒ(エド・ハリス)との死闘を描いた作品だ。彼らに絡み、メディアを使ってヴァシリを売り出した情報将校ダニロフ(ジョゼフ・ファインズ)、ヴァシリとダニロフに愛されるソ連軍兵士ターニャ(レイチェル・ワイズ)のドラマも描かれている。


アノーはフランス人監督に珍しく、フランス映画らしさを全面に出すことなく大作を撮る人だ。『人類創世』(1981)、『薔薇の名前』(1986)、『愛人ラ・マン』(1992)と劇場で観ているが、どれもスケール感と風格、艶やかさ細やかさを持ち合わせていた。そのスケール感を買われてだろう、巨大映像のアイマックス映画『愛と勇気の翼』(1995)を撮ったのもある意味当然と言える。その彼が戦争映画の大作を撮るというので、期待して観に行って来た。


まずは期待に違わない滑り出し。雪原の中、狼を待ち伏せして撃つ少年ヴァシリの姿から、戦場に向かう兵送車での青年ヴァシリを捉える転換で画面に引き込まれる。このシークエンスで一際光るのが、戦地に向かう貨車の中でヴァシリの目にとまる情景だ。人ごみの中で本を読む美しいターニャの姿の撮り方がアノーらしい。この後に展開する戦闘場面も、物理的な迫力だけではなく、見るものに何らかのエモーションを起こす演出が冴える。徹底的に破壊し尽くされた都市の光景の中、2人に一丁のライフルというソ連軍の若者たちに、向こうからドイツ軍が、後ろから敵前逃亡許すまじと友軍が銃撃を加える光景は強烈だ。


中盤以降に用意されているヴァシリとドイツ貴族ケーニッヒとの狙撃戦も、狐と狸の化かし合い。息詰まる展開に、改めてアノーの力量を実感した。敵役を演ずるエド・ハリスも登場するだけで緊張感があり、傭兵を演じた『アンダーファイア』(1983)を彷彿とさせる。彼の演技・存在が映画のサスペンスに貢献している。それでもこの映画のベストは、汚れ、疲れきった兵士たちが重なるように寝る中、息を潜めてヴァシリとターニャが愛し合うくだりだ。ここに、戦争映画とはいえこの監督が自分の(個性という意味も含めて)”色”を出しているのが面白かった。


全体的には映像的に優れたところが多く、最近の映画には珍しく風格さえも兼ね備えている。俳優たちも大袈裟になり過ぎる誤ちを起こすことなく、リアルな演技を見せる。リアルさという意味ではレイチェル・ワイズに軍配を挙げよう。『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』(1999)でのおとぼけヒロインと全く違うのが宜しい。しかし、俳優陣の好演にも関わらず登場人物の感情の流れが描き込み不足の為、三角関係と狙撃戦がしっくりとこないのが難点だ。クライマクスでその二つがドラマ的融合を見せ、そのいささかショッキングな場面も心理描写の甘さの為にこちらの感情の深いところまで響かない。特にダニロフがヴァシリに抱える友情と様々な嫉妬をあと一歩踏み込んで描けば、恐らく傑作になったのではないだろうか。ジョゼフ・ファインズはダニロフ役を熱演しているが、描きこみ不足を補うまでは行っていない。


それでもソ連軍のスターとなったヴァシリを、今まさにスター街道驀進中のジュード・ローが演じているのだ。ローはカリスマ性というよりも、大勢の中にいるときに光るものを持つ、という形容が相応しい役者。ヴァシリ1人を描くというのではなく、どちらかというとアンサンブル劇的な展開を見せる映画の中で、大画面での彼を見る価値はあろうというものだ。


気になるのが、アノーとは『薔薇の名前』以来となるジェームズ・ホーナーの音楽。いつかどこかで聞いたフレーズ、というホーナー黄金パターン。この人自身はもう何とかならないだろうから、起用自体をやめてもらいたいものだ。映画界には映画音楽に詳しい監督は居ないのだろうかね。


尚、ヴァシリ対ドイツ軍スナイパーの実話を基にした小説が発表されています。『鼠の戦争(War of the Rats)』(デイヴィッド・L・ロビンス著/新潮社文庫)というタイトルで、ターニャもダニロフも登場するようだ。フレドリック・フォーサイスも”史実に忠実”と絶賛!ということ。今度読んでみようか。


スターリングラード
Enemy at the Gates

  • 2001年 / ドイツ、アメリカ、イギリス、アイルランド / カラー / 133分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for strong graphic war violence and some sexuality.
  • 劇場公開日:2001.4.14.
  • 鑑賞日:2001.4.22./ワーナーマイカルシネマズつきみ野5/ドルビーデジタル
  • 上映2週目、日曜午後一の回。186席の劇場は約半分の入りだった。
  • プログラムは500円。スターリングラード戦の解説は有難いのですが、実際のヴァシリに関する逸話をもっと読みたかったです。
  • 公式サイト:http://www.stalingrad-movie.com/ 予告編、上映劇場案内、プロダクションノート、スタッフ・キャストのインタビュー、BBSなど。