楽園をください



★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


台湾出身の監督アン・リーが『グリーン・デスティニー』(2000)の前に発表したこの作品は、1861年に勃発した南北戦争を背景にしたもの。日本ではオクラ入りでビデオスルーかと危惧していたら、無事スクリーンでも観る事が出来た。


映画は戦争が起こる前、南部でのとある結婚式から始まる。一見すると平和な情景だが、人の心理に戦争の萌芽が芽生えつつある。間もなく街は北軍の襲撃を受け、1年後、画面はいきなり戦争時代に突入。ゲリラ戦の凄まじい撃ち合いの後、北軍の扮装をした南軍側の若い市民ゲリラの中に、先の結婚式の場面に出ていた若者達の姿を見て、その様の変わりように目を疑ってしまう。きちんとした身なりに女性に対する礼儀は忘れてなくとも、その汚れ様と長髪に髭面に戦いの酷烈さが浮かび上がる。


戦いの大義名分の中に南部の古き良き伝統を守る為、というのがあったのに、目的を見失い、やがて憎しみや、殺戮の為の殺戮と化していく。隣近所で顔見知り同士だったのに、相手の親を殺したり殺されたりする現実。それが今も世界中の何処かで繰り広げられているのも、また現実なのだ。この映画は南北戦争を描きながら、現代に通じるものをも描いている。


ゲリラの一員で主人公であるドイツ移民の子ジェイクを演じるトビー・マグワイアは、この映画にうってつけ。その表情から何を考えているか分からない傍観者的でありながら、一方で優しさを感じさせるその個性は、ジェイクにそのまま当てはまる。ドイツ移民であるが故の冷静な視線は、外国人であるアン・リーにも重なる。


他のキャストは殆ど若手の男ばかり。スキート・ウールリッチ、サイモン・ベイカージョナサン・リス・マイヤーズジム・カヴィーゼルらは、この手の若手大勢出演作品にありがちな没個性に陥らず、それぞれ個性的な役作りをしていた。皆良かったのだが、特に注目したいのは黒人でありながら南軍側ゲリラ仲間(こういった黒人もいたという史実にも驚かされる)であるホルト役ジェフリー・ライト。自らのアイデンティティ探索の旅に出る姿は胸を打つものがある。


紅一点のジュエルも演技は悪くないし、逞しい役どころも面白かったが、シナリオの書き込み不足が気になった。最初はホルトを”ニガー”として蔑むのに、いつの間にか心を許している。差別の根の構造は深い筈。こんな簡単に解決されるだろうか。殆ど唯一の女性キャラクターなだけに、余計に瑕疵が目立ったように思う。


大掛かりな人馬の激しい撃ち合いが随所にありながら、全体には静寂を湛えた映像、恋に絡めたユーモアなどアン・リーらしい作り。かつての西部劇で御馴染みの人馬が駆け抜ける映像は、やはり映画的で良いなぁ。過酷な物語なのに鑑賞後さわやかな印象なのは、製作者兼任のジェームズ・シェイマスの脚本によるとことも大きい。全体にわざとらしくなく、後半にある”ロレンスの虐殺”の取り込み方や、失われた青春の再生といった流れも自然だった。髭を髪をさっぱりとさせたマグワイアが自分を19歳だと言うシーンは、さらりと描かれているだけに痛ましかった。


フレドリック・エルムズの撮影の美しさも注目だ。但しプリントの質は良くなかったのが残念。黒浮きやカラーのバラつき等が目に付いた。


楽園をください
Ride with the Devil

  • 1999年 / アメリカ / カラー / 138分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for graphic war violence.
  • 劇場公開日:2001.2.3.
  • 鑑賞日:2001.3.3./新宿シネマ・カリテ2/ドルビーステレオ
  • 土曜夕方の回、84席の小劇場は20名程度の入りで寂しい限り。
  • プログラムは600円、キャスト/スタッフの丁寧なプロフィール、アン・リーのインタビュー、プロダクション・ノートなど資料価値有り。
  • 公式サイト:http://www.asmik-ace.com/Rakuen/ 予告編、上映劇場案内など。プログラムと同内容のインタビュー、プロダクション・ノートもあり。