キャスト・アウェイ



★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

FedExの猛烈サラリーマンとして、世界中を忙しく飛び回る日々を送るチャック(トム・ハンクス)。時間に追われる日常を過ごしていた彼が乗っていた会社の飛行機が墜落。只1人奇跡的に生き残ったものの、漂着したのは小動物さえ見掛けない無人の孤島だった。チャックのサバイバルが始まる…。


導入部は勢いのある映像と編集でFedExの小荷物が世界中を飛び回る様子を活写、そこに猛烈な檄を飛ばしてモスクワ社員を叱咤するチャックが登場する。彼が「時は金なり」とばかり捲くし立てる描写で、分刻みの時間に追われ、厳しく縛られている現代人をうまく表現している。そんな彼=現代人が飛行機事故に遭い、無人島に流れ着くところから、明らかに映画のペースが変わってくる。婚約者(ヘレン・ハント)に贈られた懐中時計もポケベルも故障し、およそ分・秒の概念が通用しない世界に、チャックは突如放り込まれてしまったのだ。導入部の猛スピードから打って変わり、映画は風と波が静かで孤独、かつ不穏な世界に変貌する。


この映画をデフォーの『ロビンソン・クルーソー』やヴェルヌの『神秘の島』の如く、無から生活を築き上げる楽しさに溢れていると思っていたら大間違い。小魚や蟹も簡単には手に入らず、医者も薬も無い中で、怪我や虫歯が激烈に襲って来るのだ。映画はリアリズムに徹し、ハンクスも厳しい演技で応える。


映画の魅力はハンクスの演技に多くを負っている。実際、この大作の中盤1時間半は、登場人物は彼1人のみ。流れ着いたバレーボールにスポーツ・ブランドの”ウィルソン”と名付け、友人として語りかける姿も自然で真に迫り、こちらの胸を打つ。ボールと懐中時計の婚約者の写真をようやく支えにして生きるチャック。今のハリウッドでこれだけの演技が出来るスターは彼ぐらいしか思い付かない。絶望と孤独に苛まれて、身も心も空虚にな野人と化した様には唸らされた。


ロバート・ゼメキスの演出は、前作『ホワット・ライズ・ビニース』(2000)では感心しなかった。けれんと冗長の相性が悪いのは当然の結果だろう。今回は全体に緻密な描写でありあながら、簡潔で無駄を排し、観るものを飽きさせない。見かけと違い、意外にも力がこもった演出なのだ。感傷性さえ感じさせない淡々とした語り口に物足りなさを感じる向きもあろうが、問題提起を観客に任せる意味でも正解だったと思う。


この映画には素晴らしい場面が幾つもある。序盤のあきれるほど大迫力の飛行機事故の場面は、飛行機が落下する様をCGIやミニチュアでロングで捉える愚を犯さず、機内での描写にこだわって効果を上げている。中盤にある、散々苦労してようやく火を起こす場面も歓喜に満ちている。チャックが決死の覚悟で脱出を図り、離れた住処を感慨深く見つめる中、島が霧に消えていく情景も素晴らしい。また、ここで初めて音楽が流れるのも、絶妙な計算だ。2時間半近い映画で音楽が流れるのは恐らく十数分のみ。音楽過剰が常の現代ハリウッド映画が多い中で、派手な場面も無い中盤ですら無音楽で押し通しているのだ。ゼメキス映画の常連アラン・シルヴェストリは、ストリングス中心の控え目な音楽を効果的に付けている。目を凝らさなければ何も見えない殆ど真っ暗な夜の海に、鯨の尾が見える映像も美しい(TVCF、予告ではかなりはっきりと見えるが、宣伝用にかなり輝度を上げているようだ。場内照明を全て落とす劇場で観ても、本編では目を凝らさないと見えにくいだろう)。


奇跡的に現代社会に戻れた主人公を待っていたのは、さらなる空虚と孤独という皮肉。物質に囲まれているのに、全てが空しく、着の身着のままで漂着した時よりも募る喪失感。価値観がひっくり返る状況に接し、それまでの既成概念に疑問を抱く。ここに『ファイト・クラブ』(1999)にも通じる、物質文明に生きる現代人の孤独と虚無感というテーマがはっきりと打ち出される。ラストシーンの解釈は人それぞれだろうが、個人的には希望の光を見て取ったとだけ言っておこう。


キャスト・アウェイ
Cast Away

  • 2000年 / アメリカ / カラー / 144分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for intense action sequences and some disturbing images.
  • 劇場公開日:2001.2.24.
  • 鑑賞日:2001.2.17./ワーナーマイカルシネマズ新百合丘2/DTS
  • 土日先行レイトショー21時40分からの回、280席の劇場は満席だった。
  • プログラムは500円(この価格久々な気がする)、ハンクス、ゼメキスのインタビュー収録で値段相応に一安心。
  • 公式サイト:http://www.uipjapan.com/castaway/ インタビュー、予告編等あり。