ワンダー・ボーイズ



★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


ワンダー・ボーイとは文壇での”神童”のこと。『ワンダー・ボーイズ』は、7年前に華麗な文芸界デビューを飾って以来、新作を出せずにいる中年作家の可笑しくも心温まる物語だ。


…などと書くと、陳腐極まる感傷に溢れた作品と思われるかも知れない。この作品にはそんなものは皆無。何たって、その作家役がマイケル・ダグラスなのだから。


思い出してほしい、ダグラスが光っていた役を。強欲に塗れた株式ブローカー『ウォール街』(1985)や、下半身でしか考えない『危険な情事』(1985)『氷の微笑』(1992)、ストレスで爆発するサラリーマンだった『フォーリング・ダウン』(1993)。これらはダグラスの独壇場だったじゃないか。てんで似合わぬ白馬のヒーローだった『ロマンシング・ストーン/秘宝の谷』(1984)は、ゴージャスなキャスリーン・ターナーの前では単なるお笑いぐさだっただろう?


今回彼が演ずるのは、白髪交じりの頭は乱れ気味、顎は弛み、着ている服はだぼだぼし、べっ甲縁の眼鏡をかけた男。いざとなったらマリワナを一発キメる、60年代の申し子とも呼ぶべき50歳だ。反体制的な根っこは、いつもの彼と同じように見えるが、今回は脂が抜けて枯れた味わい。ダグラスは最高の演技を見せてくれる。


映画が描くのは、みっともない男ども3人(ダグラス含む)が体験する、言わば”吹っ切れる”までの3日間の物語だ。


教授であるダグラスは、書いても書いても終わらない2作目に奮闘し(何せ2,600ページを超えているのだ)、不倫相手の学長(フランシス・マクドーマンド)に妊娠を告げられ、教え子でもある下宿人(ケイティ・ホームズ)に言い寄られ、ニューヨークから原稿チェックに来た両刀使いの編集者(ロバート・ダウニー・Jr)を出迎え、そしてネクラでウソ付きで人を振りまわす教え子(トビー・マグワイア)が、実は”ワンダー・ボーイ”であると発見する。ふう!


…などと書くと、陳腐極まる騒々しいギャグがまかり通る、低脳映画と思われるかも知れない。だがご安心を、この作品にはそんなものは皆無。何たって監督が傑作『L.A.コンフィデンシャル』(1997)のカーティス・ハンソンなのだから。それまでは『ゆりかごを揺らす手』(1991)や『激流』(1994)などのB級スリラーを手掛けていた監督が、まさかの大化けで嬉しかった前作。あれはフロックだったか。いやなに、本作を観る限り心配はご無用だ。


刑事ハードボイルドでありながら優れたドラマでもあった前作。登場人物に対する配慮を保ちつつ、観客の期待するジェットコースターのテンポに迎合することなく、下手な伏線なども張らず、堂々と自前の筆で映画を進めて行った度胸。それらは今回でも健在だった。


観客によっては、センセーショナリズムとは無縁の始まり方に乗れない人もいるだろう。しかし大学の教室からゆったりと始まるテンポに乗れば、次々と騒動を引き起こす登場人物たちに、くすくす笑いながらゆっくりと付き合ってやろうじゃないかと思い始める筈。やることなすこと裏目に出るダグラス、自信と不安が一緒くたに団子になったダウニー・Jr、何考えてるんだかさっぱり分からないマグワイア。人生の交差点で決断出来ずに右往左往する彼らは、あなたの分身となる可能性もあるのだから。


主役のダグラス、ダウニー・Jr、マグワイアは、それぞれ50代、30代、20代。いつになっても男なんてみっともないものかも。ボブ・ディランの数々の挿入歌と、クリストファー・ヤングのバンド音楽のしわがれた音に身を委ねながら、彼らのささやかな成長に拍手を送ろう。


乾いた笑いと作者の暖かな視線が共存する佳作となっている。


ワンダー・ボーイズ
Wonder Boys

  • 2000年 / アメリカ、イギリス、ドイツ、日本 / カラー / 111分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for language and drug content.
  • 劇場公開日:2000.9.2.
  • 鑑賞日:2000.9.2./渋谷エルミタージュ
  • ドルビーデジタルでの上映。302席の劇場は、公開初日目だというのにがらがら。事実、アメリカでもヒットしなかったので、売りにくいのは分かるが。面白い映画なのに勿体無い。
  • 公式サイト:http://www.eigafan.com/wonder/ クイズ、深層心理テスト、スティル写真、劇場案内なぞがあります。