インサイダー


★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


アクション映画といえば、銃が火を噴き人が倒れ、派手な爆発炎上がある場合が多い。だが優れたアクション映画は派手なシーンだけでなく、男たちが知恵を絞って窮地を脱したり、傷だらけになりながらも最後は勝利を掴み取る。こういった要素も必然ではないだろうか。


ラスト・オブ・モヒカン』(1992)、『ヒート』(1995)と、硬派なアクション映画を監督してきたマイケル・マンの新作『インサイダー』(1999)は、銃が火を吹くことも無ければ、派手な爆発炎上も無い。死人はおろか怪我人さえ出ない。しかし誤解を恐れずに言うならば、傷だらけになりながらも勝利した男たちが主役の、これは紛れも無く優れたアクション映画なのである。


物語は実在の有名事件を題材にし、登場人物は実名/存命している。


時代は1995年〜1996年。全米三大TVネットワークの1つCBSにて、ローウェル・バーグマン(アル・パチーノ)は、単刀直入で知られる老練な名インタビュアー、マイク・ウォーレス(クリストファー・プラマー)と組み、局の看板ドキュメンタリ番組『60ミニッツ』をプロデュースしていた(日本でもTBS系の深夜に『CBSドキュメント』の名で一部が放送されており、徹底した取材と硬派な内容が高い評価を受けている)。


ローウェルはふとしたことからジェフリー・ワイガンド博士(ラッセル・クロウ)と接触し、ワイガインドが異常に用心深いことから、何かネタを握っていると直感する。ワイガインドは、「COOL」などのブランドを出しているタバコ会社ブラウン&ウィリアムスン(B & W)の元研究部門副社長で、上層部との対立で解雇された男。彼は会社ばかりかタバコ産業全体を危機に陥れる機密を握っていたのだ。


タバコの人体に対する害など誰でも周知の事実。だがタバコ業界は、タバコが害である証拠は無いと議会の公聴会で証言しており、各地で行われていた訴訟に湯水のような大金を投じ、無傷のまま売上を保持していたのだ。それがワイガインド博士が事実を証言すれば、一挙に形勢は逆転してしまう。


ワイガインドはW&Gと機密保持の契約を結んでおり、元々バーグマンに喋るつもりもなかった。しかしバーグマンと接触した頃から家族や自分に嫌がらせや脅迫が相次ぎ、インタヴューに応じる気持ちに傾いていく。


こんな話でアクション映画だって? しかしもう少し待って頂きたい。


映画の前半は企業の内部告発を描いている。物語の牽引車はワイガインド役ラッセル・クロウだ。実際は30台半ばで精悍なルックスの彼が、ここでは体重を増やし、髪の毛を抜き、白く染めて、中年男に変身。プライドが高く見栄っ張り、卑小な部分を持ち合わせ、それでも義務感・正義感に揺れる男の内面を演じている。信念のためとはいえ、そこに居るのは普通の男。『L.A.コンフィデンシャル』(1997)のタフな刑事はそこに居ない。儲け役とはいえ、控え目な彼の演技の一挙手一投足からは目が離せない。彼が思い悩んで背中を見せる、映画の中盤にある海辺のシーンが特に印象的だ。


何者かからの相次ぐ脅迫にも耐えかね、ワイガインドの妻(ダイアン・ヴェノーラ)は子供を連れて出て行く。嫌がらせはエスカレートし、信用度を落とす為の公私に渡る内容の誹謗中傷がマスコミにリークされ、ワイガインドは益々孤立していく。さらに内容の深刻さから、B & Wからの巨額の訴訟を恐れたCBS上層部からの圧力で、番組はインタビュー部分を削除された編集版の放送を余儀なくされる。クロウ演ずる孤立を深めた等身大の男だからこそ、妻に連れられた幼い娘に自分のインタヴューを見せたい、というワイガインドの切実な思いも伝わってくる。


無理やり休暇を取らされたバーグマンは、実生活を犠牲にされたワイガインドの努力を水泡にさせない、とゲリラ的戦術を使い、ノーカット版放送を画策していく。この後半もマスコミ界の横のつながりも描けていて面白い。他社も巻込んでのバーグマンの画策は諜報戦のよう。頭を使っての状況突破は痛快だ。


映画は前半の企業内部からの告発を受けて、後半はマスコミの内部告発に展開して行くという二段構えになっている。その後半を引っ張るのはアル・パチーノ。『エニイ・ギブン・サンデー』(1999)に本作と、出演作の公開が続いているが、こちらは仕事に入れ込みすぎての生活破綻者でないので、攻撃的かつ安心感がある、彼にしては珍しい役どころだ。それでも得意のガラガラ声一喝演技で、「またか」と思う向きもあろう。しかし事実牽引力があるのだから、その存在感を認めない訳にはいかない。バーグマンの「取材相手の信頼に応える」という熱い信念。抑えたクロウとも好対照だ。


バーグマンは正義のマスコミの象徴だ。しかし彼の使う剣は、時にワイガインド中傷の道具にも使われたり、上層部からの命令により報道の公正さが保たれなくなったりと、使う人により正義を行うどころか、人を傷つけるだけの凶器にも成り得るのだ。


銃を言葉と知恵に代えての闘いで、最後には主人公らが勝つ。その勝利は傷だらけで、苦みが伴っているとは言え。


マイケル・マンの演出と脚本(エリック・ロスとの共同)は緊迫感たっぷりで、ぐいぐいと骨太に押していく。序盤の畳み掛けるような二人のやり取りから、ワイガインドの葛藤、バーグマンのゲリラ戦法まで、2時間半強という長尺を飽きさせることなく、息もつかせぬ迫力で見せる。その猛々しさたるや、派手なだけのドンパチものでは到底足元にも及ばない。


一度は局側に寝返ったドライなインタヴューアー役クリストファー・プラマーの演技も素晴らしい。切れ者でありながらやや高慢、しかし内面の弱さも持ち合わせた老人の存在感を出している。それにしても『サウンド・オブ・ミュージック』(1965)のトラップ大佐も歳を取ったものだ。


反面、女たちの描写は相変わらず下手で、マンは男しか描けない監督との評価は変わりそうもない。十分納得はいくものの、家を出て行くワイガインドの妻の内面描写がもう少しあっても良かっただろう。


マン作品の常連ダンテ・スピノッティの撮影にも一言触れたい。手持ちキャメラと人物の顔のクロースアップを多用、わざと粒子を荒くしてドキュメンタリタッチの臨場感を醸している。一方で、横長スコープならではの遠近感のある構図、奥行きのある人物配置を用い、色彩を寒色系で統一してコントラストを下げ、画面に緊迫感を与えている。素晴らしい仕事だ。


ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー』(1981)でのデヴュー以降、『ザ・キープ』(1984)、『刑事グラハム/凍りついた欲望』(1986)(ビデオ題:『レッド・ドラゴン/レクター博士の沈黙』)と、優れた原作を切り刻んできたマイケル・マン。自信たっぷりの映像/音楽感覚のみが先走り、内容が追いついていない監督だった。それが『ラスト・オブ・モヒカン』、『ヒート』とステップアップしてきて、その成長には目を見張るものがある。まさに遅咲きの監督だ。今回は自らの信念のために巨大権力に立ち向かう男たちをダイナミックに描き、ドンパチが無くともアクション映画を成功させられることを証明している。これは紛れも無くマンの最高傑作だ。


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The Insider