イグジステンズ


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


一貫してテクノロジーと肉体の融合を描いてきた異形世界の映画監督、デヴィッド・クローネンバーグの作品。クローネンバーグ1980年代前半の『スキャナーズ』(1980)、『ビデオドローム』(1982)、『デッドゾーン』(1983)などで、SF/ホラーファン以外にも楽しめる作品を発表していた。根底は哲学的でありながら、普通にも楽しめる作品だったと思う。


しかし『ザ・フライ』(1986)の大ヒット以降はその反動なのだろうか、『戦慄の絆』(1988)、『裸のランチ』(1991)、『クラッシュ』(1996)とより観念的になり、近付きがたい作風になっていった(個人的には『クラッシュ』は買っているのだが)。今度の作品はバーチャル・リアリティとゲームを扱った作品だと聞いていて、やはり取っ付きにくい作品んだんだろうと予想していたが、違っていた。『ビデオドローム』以来の彼自身によるオリジナル脚本作『イグジステンズ』は、現実と幻想の境界線が内臓感覚に崩れる『ビデオドローム』の世界に、『スキャナーズ』のSFサスペンスを持ち込んだ、単純に娯楽映画としても楽しめる作品に仕上がっていた。


タイトルデザインに凝るクローネンバーグらしく、映画の冒頭は印象的なタイトルバック、そこに流れるのは常連ハワード・ショアの不穏なオーケストラ音楽。物語が始まる前に、クローネンバーグの世界は始まっているのだ。


舞台は近未来。ゲームデザイナーの女神として崇められるアレグラ(ジェニファー・ジェイソン・リー)の新作発表会会場から物語は始まる。今度の作品「イグジステンズ」は、アンテナ・リサーチ社が5年の歳月を掛けた、究極の仮想現実RPGゲームだ。人体の背中の腰辺り、脊髄の末端に穴を空けたコネクタと、両生類の有精卵を培養して作り上げた生きているコントローラーを、へその緒のようなコードにより接続。複数のプレイヤーはゲームの世界に入り込み、プレイするのだ。


しかし発表会は突如中断される。会場に居た男が「魔女アレグラ・ゲラーに死を!」と叫び発砲、彼女は肩を撃たれてしまう。サルマン・ラシュディが自著『悪魔の詩』により、ホメイニ師から死刑宣告を受けたことを想起させるこの描写は、クローネンバーグの強い批評性を読み取ることができる。アンテナ社の見習い警備員テッド(ジュード・ロウ)は彼女を救出、現場から逃げおおせる。カナダの湿り気を伝える画面が、からり乾いたハリウッド映画とは違い、独特な魅力を湛えている。


と、ここまで読んで既に付いて行けない人も出て来るかもしれない。胎児のような生きているコントローラーだけでなく、暗殺者の使う銃グリッスル・ガンも異型のもの。グリッスル・ガンは突然変異の両生類の骨から出来ていて、人間の歯を弾丸として撃ち出すという代物なのだ。いきなりこんなものが出て来ても驚いてはいけない。ゴキブリの頭部がタイプライターだった『裸のランチ』の監督なのだから。


ゲームを憎む組織によるアレグラ暗殺の陰謀は至る所に張り巡らされ、2人の男女はアンテナ社も信用ならない状況に追い込まれる。怪しいガススタンドの主人(ウィレム・ダフォー)や、アレグラが唯一信用するアンテナ社社員(イアン・ホルム)らに会いながら、彼らは身を隠していく。テッドが脊髄に穴を空けるのを怖がってゲームをしたことが無いと知ると、アレグラはゲームの世界に誘う。背中にジャックを空けたテッドは、アレグラと共にゲームの世界へと入っていくが、そこは誰が敵味方か分からないだけではなく、ルールも目的も分からないゲーム世界だったのだ。


この物語の要アレグラを演ずるジェニファー・ジェイソン・リーは、持ち前の演技力で意味深でセクシーなヒロインを演じている。もう40歳近い筈なのだが、全然老けていないのに驚く。何となく世間知らずでとっぽく、彼女に引っ張られるテッド役は今売りだし中の英国美青年ジュード・ロウ。『ガタカ』(1997)のパワフルな演技で主役のイーサン・ホークを圧倒していたが、今回はがらりと変わっていささか弱気で控えめな男を演じている。


仮想現実の世界を扱った作品には『マトリックス』(1999)がある。仮想現実からの解放が、精神の解放として描かれていた。この作品での仮想現実の扱いは対照的に、人体にダウンロードされた仮想現実世界で精神が解放されていくのだ。ゲームが進行するにつれ、ログアウトしても現実感が薄れて行く。ビデオに隠された信号により、現実と幻想の境界線が崩壊されていく様を描いた『ビデオドローム』と同工異曲とも言る。映画が進むに連れ、現実とは?実体とは?存在(existence)とは?といった実存主義的テーマが浮かび上がる仕掛けになっている。


このような哲学的テーマがありながら、ハリウッド映画的な説明調の余計な台詞は一つも無い。御蔭で娯楽映画として面白い為に、最後までテーマに気付かない可能性さえある。それでも良いではないか。仮想現実という下手をすると夢オチになりそうな題材も、入れ子構造の凝った構成をうまく使い、しかも二転三転する作劇で楽しませるのだから。肩肘張らない演出にも好感が持てた。


視覚的にも、肉隗と化して自分の腕の一部となった拳銃が登場する『ビデオドローム』が一番近いだろう。しかし作風があちらほどマニアックでは無く、娯楽クローネンバーグとしてはひょっとして最高作かも。単純にSFスリラーとして楽しむのも良し、頭を捻って哲学するのも良し。楽しみ方もお好みでどうぞ。


イグジステンズ
eXistenZ

  • 1999年 / カナダ・イギリス / カラー / 97分7秒 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for strong sci-fi violence and gore, and for language.
  • 劇場公開日:2000.4.29.
  • 鑑賞日時:2000.5.20.
  • 劇場:渋谷ジョイシネマ ドルビーデジタルでの上映。公開最終週の土曜日、232席の劇場は4割程度の入り。
  • 公式サイト:http://www.existenz-j.com/ メイキングなぞも見られる、アニメーション多用のかなり力の入ったサイトです。「GAME」というコーナーでは、イラスト入りでイグジステンズや周辺機器の解説をしてくれて楽しめます。