アメリカン・ビューティー


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


ビデオ画像に写る、ベッドに横たわる下着姿の少女。


「あんな父親なんてイヤよ」。間が空いて、フレームの外から少年らしき声。「僕が殺そうか?」。またしても間。「殺してちょうだい」。


続いて黒地に「American Beauty」と簡素なタイトルが出た後、美しい空撮映像。眼下に広がるのは、カリフォルニアによくありそうな住宅地。そこに被さるのは、トマス・ニューマンによるマリンバを用いた不思議なスコア(ハンズ・ジマーの『トゥルー・ロマンス』を思い起こさせる)。どことなく陽気ささえ感じられる男のナレーションが始まり、男が42歳の中年で、名前はレスター・ボーナムといい、生き甲斐を無くした毎日を送り、そして・・・1年以内に死ぬことが明らかにされる。


ザラついたビデオ画像によるスリラー調から、暖かなフィルム映像によるユーモラス調への転調も決まり、アカデミー賞の主要5部門(作品、監督、オリジナル脚本、撮影、主演男優)を独占した『アメリカン・ビューティー』は、快調な滑り出しを見せる。監督はイギリスの若手舞台演出家のサム・メンデスで、これが映画デビュー作。舞台出身の監督が陥りやすい閉塞感はまるで無く、映画的魅力に溢れた導入部だ。


ナレーター(ケヴィン・スペイシー)が冴えない父親そのものであり、その妻キャロリン(アネット・ベニング)が上昇志向の塊と化したキャリアウーマンであり、冒頭の少女が彼らに強い不満を抱くティーンエイジャーの一人娘ジェイン(ソーラ・バーチ)であり、と手際良く人物紹介も終わり、彼らの隣に引っ越してきた家族も点描される。家長であるフィッツ大佐(クリス・クーパー)は家族を暴力で支配し同性愛者を侮蔑、息子の高校生リッキー(ウェス・ベントレー)はビデオ撮影マニアでドライな麻薬業者、妻バーバラはどうやら夫の暴力により自己主張をしないらしい。


この病んだ2家族の紹介も終わった所で、レスターがジェインの同級生アンジェラ(ミーナ・スヴァーリ)に会ったことから物語は回転し始める。こともあろうかレスターはブロンドの美少女に恋をしてしまうのだ。のぼせた目付きで「娘の友達は僕の友達でもある」と言う父親を、さらなる嫌悪で見つめる娘。しかもレスターは、アンジェラが「筋肉を鍛えたら寝てもいいわ」などと言ったのを聞くと、早速筋トレまで始める始末だ。映画はこういったユーモアを手際よく点描していく。


やがて彼はアンジェラに恋すると同時に、自分自身が変わっていくのを実感する。会社に三行半を叩きつけて退職、ファストフード店で働き、リッキーからマリワナを買い、念願のスポーツカーを買い・・・と自由奔放になっていくのだ。ケヴィン・スペイシーの演技もオーヴァーアクト一歩手前、夕食のシーンなどで一瞬にして静から動へと転じる呼吸も上手いものだ。


一方妻のキャロリンは同業者でもある不動産王(ピーター・ギャラガー)と関係を持ち、夫との距離はいよいよ遠ざかってしまう。アネット・ベニングカリカチュアライズされたキャラクターを可笑しさたっぷりに、しかし説得力のある演技で見せる。達者なスペイシーにも全然負けていない。


この主演2人の演技は見ていて気持ちの良いもの。張り合うどころか、きっちりとアンサンブルになっているから。相性も抜群で面白いカップルだ。


アンジェラは自分への関心を持たず、身勝手な両親をますます軽蔑していくが、一方で自分に関心を寄せるリッキーと恋に落ちる。この2人の若々しい演技も良く、特にオタクでドライなリッキー役ウェス・ベントリーは今後が楽しみな役者だ。ソーラ・バーチも子役からの脱皮に成功していて、こちらも目が離せない。


タイトルに「Beauty」とある通り、登場人物は映画の進行と共に各人で”美”を見出していく。レスターはアンジェラに恋することにより、若かりし頃、まだ人生の希望に満ち溢れていた頃に戻ろうとする。キャロリンは高級家具や庭に植えたバラ(アメリカン・ビューティーという品種)に美を見出し、リッキーは風に舞う空のビニル袋に美を見出す。しかしそれらは全て空虚に他ならない。「空虚」こそはこの映画のモチーフだ。登場人物たち同士の深い繋がりが少ない為に、観客はリッキーとアンジェラという初々しいカップルが少々あぶなっかしくても、安らぎさえ感じるのだ。


映画は文字通り美しい映像により、それらを辛辣且つ可笑しみたっぷりに描いている。名手コンラッド・ホールの撮影はパステルカラーのパレットと、効果的な照明による光と影の絵筆、見事な構図により、現実的でも寓話めいた雰囲気を作り上げることに多大な貢献している。素晴らしい映像だ。


映画の視点が常に醒めているのは、監督がイギリス人だからか。時に異邦人としての距離感がありすぎて、辛辣さが強すぎる映画もある。名作『真夜中のカーボーイ』(1969)のように。しかしこの映画はその距離感のさじ加減が微妙で、内容に釣り合っている。


物語が笑劇から悲劇へと転じても、映画からは何故か晴れやかな印象さえ受けた。しかし死による精神の開放、というテーマさえ辛辣そのもの。笑える佳作だが、その笑いには痛みと苦さが伴っている。


アメリカン・ビューティー
American Beauty