007/ワールド・イズ・ノット・イナフ


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


ピアース・ブロスナンが5代目ジェームズ・ボンドを襲名して早3作目。『ゴールデンアイ』(1995)ではやや硬く、続く『トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997)では慣れも見え、今作の『ワールド・イズ・ノット・イナフ』ではようやく板に付いてきたようだ。


このシリーズらしく、今回もオープニングから見せる。スペインで悪党相手に奮闘してアジトから脱出、舞台はロンドンに移って石油王を死に至らしめるMI-6本部での爆破から、スナイパー追跡のボートチェイスと、ひと山ふた山終えてから、ようやく華麗なるオープニング・タイトルが始まる。ここまでの時間は過去最長ではないだろうか。テーマ曲はイギリスのバンド、ガービッジの演奏によるものだが、誰が演奏しても007色になるのが面白い。ブロスナンになってからタイトル・デザインも故モーリス・ビンダーからダニエル・クラインマンに変わったが、『トゥモロー・ネバー・ダイ』の方が出来は優れていた。


さて、くだんのMI-6爆破において、知らずに自ら石油王暗殺に手を貸していたと知ったボンドは、負傷をものともせずに石油王の娘エレクトラ・キング(ソフィー・マルソー)の警護を買って出る。男気あるボンドはちょっと珍しい気がする。かつて幼少のエレクトラを誘拐したテロリスト、レナード(ロバート・カーライル)が爆破の真犯人で、再びエレクトラを付け狙うに違いない、と睨んだ訳だ。このレナード、脳髄に射ち込まれた弾丸によって全身の神経が麻痺、いかなる痛みにも屈しないという怪人物。これもまたこのシリーズらしい。悪役連中は予想通りにエレクトラとボンドの雪山スキーを襲撃してくる。この後は核テロ計画まで発覚、クリスマス・ジョーンズ博士(エレクトラ・キングといい、これといい、スゴい役名ですな。演ずるはデニース・リチャーズ)をも巻き込み、さらにはレナードの意外な(?)黒幕まで登場、派手なアクション&サスペンスが満載、舞台も世界各国を移動し、波乱万丈の展開と相成るのだ。


欧米での評論家からの不評とは逆に、僕個人はブロスナン=ボンド作品の中で一番楽しめた。『ゴールデンアイ』にあった中だるみ、『トゥモロー・ネバー・ダイ』の”退屈はしないがドラマ無しのアクションのみ”、そして今回の”妙にドラマ志向”といった、ブロスナン・ボンド同様に悩める試行錯誤の製作姿勢中でだ。その内容重視の製作姿勢は、ドラマ派マイクル・アプテッド監督の起用で分かる。それが作品の足を引っ張っているのは皮肉で、お陰で夢が薄れてしまったように思える。ブロスナンになってから変にリアル志向になり、このシリーズ本来の「大人の男の夢」というコンセプトが危うくなっているのではないか。ドラマ派アプテッドでは、アクション場面もシリーズ常連の第2班監督ヴィク・アームストロングの助けがあっても苦しかったのか、どうにもカタルシスに欠けたのが最大の欠点とは言え。


脚本も練れていない為か、あるいは最初の試写では160分あったものを30分カットした為か。その期待されたドラマは意外に充実感が無く、話はまとまりに欠け、プロットが錯綜気味だ。さらにドラマのポイントであるボンドとレナードという2人の男に挟まれるエレクトラ、という構図が今一つ伝わりにくい。特にボンドとエレクトラの関係=心理的な結び付きが弱い。ボンドとは対照的な男をロバート・カーライルが好演しているだけに、余計に勿体無く感じられる。さらにデニース・リチャーズが派手な役名とルックスほど目立っていないのも残念。ボンドガール対決は、大活躍のソフィー・マルソーの圧勝だった。


逆に収穫としては、エロティックな人間関係や、怒気を孕ませるボンドの描写など、過去の007ものには見られなかった個所が挙げられよう。但し後者に関しては、ブロスナンがもっと味のある役者だったら・・・と、思わず死んだ子の歳を数えてしまうがやむを得ない。


お馴染みメンバーが登場するのも、こういったシリーズを観る楽しみの1つだ。ボンドの上司Mには、『恋におちたシェイクスピア』(1998)の貫禄が記憶に新しいジュディ・デンチ、新兵器・珍兵器の生みの親であるQ役の、老デズモンド・リューウェリン。残念ながらリューウェリンは咋年末に事故死、これが遺作となった。さり気無い退場シーンで花道を飾っている。兵器担当は後任のRにバトンタッチ、演ずるジョン・クリースは『モンティ・パイソン』やってた時のまんまなので、これからが期待出来る。もっとも”R”というのはボンドが劇中で冷やかし半分に呼ぶ名で、本当の名前は不明のようだ。


音楽は前作から担当になったデヴィッド・アーノルド(『インデペンデンス・デイ』(1996)、『Godzilla』(1998))が再登板。只でさえ派手好きな作風が、元より007フリークということもあり、キメのシーンにはビシバシ『ジェイムズ・ボンドのテーマ』が流れる。『ゴールデンアイ』を担当したエリック・セラが、自らのオリジナリティにこだわる余り殆どテーマ曲を使わず、結果的に軟弱なスコアしか書けなかったのと対照的だ。アーノルドはその不満を吹き飛ばすかのような快進撃。007の伝統と、自らのオリジナリティの融合に成功している。かつてのジョン・バリーの様に、暫くは彼で決まりだろう。


総じて、上記に加え「アクションの新鮮さがちょい不足」、「往年の洒落っ気は何処に」、「LUNA SEAの唐突な日本版エンディングテーマ曲に興醒め」、「エキストラの森川美穂を発見出来なかった」等など、何やかんや不満もある。でも実はそれなりに楽しんだ、というのが本音だ。少々の不出来であれ、定番のお楽しみも良い時があるのだ。


007/ワールド・イズ・ノット・イナフ
The World Is Not Enough

  • 1999年 / イギリス、アメリカ / カラー / 128分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for intense sequences of action violence, some sexuality and innuendo.
  • 劇場公開日:2000.2.5.
  • 鑑賞日時:2000.1.29.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘2 ドルビーデジタルEXでの上映。先行上映土曜レイトショー、280席の劇場は満席。
  • 公式サイト:http://www.007-jp.com/ 予告編なぞがダウンロード出来ます。