ファイト・クラブ



★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

不眠症のサラリーマンである主人公・僕(エドワード・ノートン)は、自動車会社でリコール調査をしている男。とある出張中の機内で、石鹸を作って売っているタイラー(ブラッド・ピット)と知り合う。自分のアパートが謎の爆発を起こしたので、彼はタイラーの住処に転がり込むが、その転がり込める条件というのが、「俺を思いっきり殴ってくれ」というもの。勝負に関係の無い殴り合いが終わった後には爽快感が残り、やがて殴り合う仲間も増えていく。それはファイト・クラブとして全国の地下組織へと発展、「物質文明など糞食らえ」というアナーキストであるタイラーをリーダーとしたクラブは、やがて巨大なテロ組織へと変貌を遂げていく。


まず最初に言えるのは、この映画は決して万人向きの映画ではないということ。監督は『セブン』(1995)のデヴィッド・フィンチャー。黒い笑いと全編を強引に引っ張る腕力で観客を圧倒する。一部の観客にとっては、過去にお目に掛かったことの無い、映画的興奮を約束してくれる作品だと断言できる。


映画はオープニングから観客を引き釣り込むのに成功している。タイトルバックでキャメラは体内の神経系組織の中(実は脳組織)を疾走し、ダスト・ブラザーズのデジタル・ロックががんがん鳴る。やがてキャメラは体内から飛び出し、スキンヘッドの男によって銃を咥え込まされている主人公を捉える。何でこのような状況になったのか?


ヤッピーの主人公とアナーキストのタイラーの間には、友情に似た濃密さは見当たらない。同士ではあっても親友では無さそうだ。彼らが何故一緒に居るのか、という疑問は終盤に明かされるが、それは劇場でのお楽しみに。チャック・パラニュークの原作をジム・ウールスが脚色しており、そのシナリオは滑らかな仕上がりではない。現実味の無い「現実」シーンもあって、混乱と錯乱がこの映画に似つかわしいも確かだ。何でもかんでもありの大胆なプロットも特長だろう。


だがプロットよりも何よりも、とにかく映画の前半はスピード感で観客を圧倒的する。CGIを駆使した大胆なキャメラワーク、速射される弾丸ダイアログ、唐突に挿入される幻想シーン、連発される下品なジョーク、様々なメタファー、道徳的観念の薄い人物、ぞっとする描写、アナーキズム、暴力、etc…。どれもこれも神経症の如く小刻みなパンチとなって、フィンチャーの腕から繰り出されてくる。しかも下手な鉄砲なんとやらではなく、要所を確実にヒットするのだ。思わせ振りが時として鼻に付く過去の作品に対し、これはフィンチャーの最高傑作だ。


フィンチャー初の”笑える映画”の白眉は、映画の中盤で上司の前で主人公が自分で自分を殴って痛め付けるシーンだ。グロテスクで黒い可笑しさに満ち、笑いと恐怖を血の接着剤でにっちゃりとくっ付けていて、これが成功している。


過激な描写に満ちた映画は、観客の好き嫌いがはっきり分かれるに違いない。過去のデヴィッド・フィンチャー作品同様、映画は観客に挑戦するかのように、神経を逆撫でするシーンが随所に登場する。特に後半、テロ組織となったクラブの描写には、忌まわしいネオナチやオウム真理教を連想させる。生理的嫌悪感を助長させるシーンが多いので、脱落する向きもあろう(特殊メイクがロブ・ボーティン、と言えば想像出来る人もいるかも)。

しかし一見非常識な映画のようでも、投げかけるメッセージは常識的なものだ。現代社会で価値観を見失った男達。いみじくも主人公が言う台詞「30歳なのに全然成長していない」のように幼児化している男が、オープニングに象徴される内面の旅を経て成長する様を描いている。彼らは「男らしさ」の象徴である殴り合いに活路(=逃避)を見出そうとするが、やがてそれにも行き詰まり、結局は現実と自分に対峙して成長していくのだ。


役者ではエドワード・ノートンがツボを突いた演技で、自虐的なヤッピーをうまく表現している。ピットは演技力で負けているものの、スターのカリスマ性を出して適役。2人の間にいるヘレナ・ボナム・カーターは、かつてのイメージとはがらりと変わり、不健康そうな感じを上手く出していた。


この映画に似たのを観た事があるゾ、と思い当たった。スタンリー・クーブリックの名作SF『時計じかけのオレンジ』(1971)である。あの映画にあったアナーキズム、暴力性、映画的興奮は似通っているものだ。しかし、どちらも寓話のスタイルを取りながら、映画の根底に流れているものは全く違う。人間を傍観し、批評している冷徹なクーブリックに対し、フィンチャーは主人公、ひいては未来に救いを見出している。


ファイト・クラブ』はまとまりにはやや欠けるものの、そこにあるカオスは現代社会の極端な象徴として魅力的を放っている。


ファイト・クラブ
Fight Club