マトリックス



★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


レズビアンの女2人が主人公の傑作スリラー『バウンド』(1996)は、捻ったプロット、トリッキーなキャメラワーク、個性的なダイアログ、そして一歩間違えれば傲慢とも受け取られかねない自信に満ちた作風で、低予算でありながらも大いに楽しませてくれた新鋭ウォシャウスキー兄弟の処女作だった。その2人が、『ダイ・ハード』、『リーサル・ウェポン』シリーズの派手好きプロデューサー、ジョエル・シルヴァーの元でSFアクションを撮る、と聞いたときは一抹の不安があった。しかも『スピード』(1994)がフロックだったか、最近ぱっとしないキアヌ・リーヴス主演。細身のサングラスに黒いロングコート着たキアヌがマシンガン撃ちまくっている写真を見たときには、「これがSFなの!?」と思い、不安は益々つのるばかりだった。これではセンス・オブ・ワンダーは期待出来そうも無いな…。低予算で良い映画を作っていても、大金もらった途端に個性を失って凡庸になってしまった監督は数知れない。思わず頭の中では野田昌宏の有名な言葉「SFは絵だ」を引き合いに出してしまっていた。


ところが今度の新作は、まさに「SFは絵」そのものという作品だった。


主人公はトーマス・アンダーソン(キアヌ・リーヴス)。昼は優良企業のうだつが上がらないプログラマ、夜はハッカーのネオという、2つの顔を持っている男だ。その彼がモーフィアス(ローレンス・フィッシュバーン)という謎の男の接触を受ける。トーマスはモーフィアスから、この世の恐るべき真実と、「ネオ」こそこの世を救う救世主なのだ、と知らされるのだ。トーマス・アンダーソン=ネオは、モーフィアスらゲリラと共に、裏で世界を牛耳る巨大コンピュータ「マトリックス」に闘いを挑むことになる。


というと単純な筋書きだが、この映画における『世界』の真実は、恐らく映像表現では初めてではないだろうか。小説では例えばフィリップ・K・ディックなどによって散々書かれているジャンルでも、それを壮大に視覚化するとこうなのか、と圧倒される。映画ならではの表現だ。本当にSFは絵、なのだ。ともあれ、映画の仕掛けは観る前に知らない方が良いに越したことは無い。既にマスコミを通じて情報が流布されているが、それをシャットアウトした方が御自分の身の為だ。


実はこの映画、物語は最初の40分でその種は明かされてしまう。そして僕自身も文句無く楽しめた。そこまでは。


冒頭、夜の廃墟ビルでのトリニティ(キャリー=アン・モス)と警官隊との追跡戦から映画に引きずり込まれたし、モーフィアスの怪しさと威厳に魅せられた。矢継ぎ早の展開、この先は一体どうなるのか?


映像は文句の付けようが無い。オープニング・シークエンスのトリニティの空中キック(飛び上がると人物の動きは殆ど静止に近い超スローモーションになるが、キャメラはその周りを凄いスピードで周る)の迫力は、まるで日本の漫画やアニメの実写版だ。要所要所で繰り返されるこの表現は、キャメラの移動による爽快感と不思議な感覚を味わわせてくれる。さらには悪夢としか言いようの無い、マトリックスの異様な内部。終盤の高速弾丸避けやビル爆発の映像など、新手の技術と使い古された技術の融合が非常に上手くいっている。


スタイリッシュな特撮だけでなく、奥行きを強調した画面の構図や、登場人物らが全員サングラスに黒い衣装といったスタイルなど、格好良さではここ最近の映画では一番ではないか。


しかし種が明かされて残りはアクションとなると少々問題が出てくる。特に後半、マトリックス側の刺客、エージェント・スミスらのいる警察ビルに、完全武装のネオとトリニティが殴りこみを掛けるシークエンス。スローモーションを多用したアクションは確かに美しいが、余りに多用し過ぎてダイナミズムを失ってしまったきらいがある。銃やクンフーで次々と警官隊をやっつける2人の動きは美しい。しかし激しいアクションとの対比という編集が成されてこそ、その美しさが初めて輝くのではないか。


スローモーションの多用によるヴァイオレンス・シーンは、サム・ペキンパー及びペキンパーのテクニックを自己流に再生産したジョン・ウーの影響を免れない。特にこの表現の先駆者とも言うべきペキンパーは、鮮血飛び散る様子をスローモーション映像とカットバック編集で捉え、肉体の破壊を克明に描ききった。またウーはスローモーションを多用すつつも、ペキンパーとは違うアプローチをした。彼は破壊される肉体ではなくヒーローを捉えることによって、ヒロイズム溢れる描写に成功したのだ。それらの成功の可否も緻密な編集があってこそ。何でもかんでもスローモーションでは、かえってアクションが間延びしてしまう。


しかしながら、型通りと言えるアクション主体の後半に文句を言いつつ、正直言って僕はこの活劇を楽しんだ。大胆な映像や歯切れの良い台詞、それにキアヌやローレンス、キャリー=アンは輝いている。特にキャリー=アン・モスは主役のキアヌを食う存在感だ。


登場する固有名詞(ネオ=新、モーフィアス=夢の神、トリニティ=三位一体、等々)や物語のあちこちには、過去の神話やら果ては『不思議の国のアリス』からの引用まで散りばめられ、シナリオは細部も凝ったものになっている。さらには数々の未解決事項など、2002年の秋冬連続公開予定の続編及び前編への期待を煽る。苦言を呈しながらも、これからも続くネオらの暗黒世界への探求に付き合ってやろうじゃないか、そういう気になった。


マトリックス
The Matrix