リトル・ヴォイス


★film rating: B
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


前作『ブラス!』(1996)に於いて市井の人々とその生活に密着した音楽、そのパワーを描いたマーク・ハーマン監督作品のご紹介。

イギリスの港町。男漁りの日々を送る中年女マリー(ブレンダ・ブレシン)には娘がいた。その娘ローラ(ジェーン・ホロックス)はガサツで騒々しい母親とは対照的に自閉症。余りに喋る声が小さいので、母親からLV(=リトル・ヴォイス)と蔑まれている。LVは自室に引き篭もり、亡き父親の残したレコードを聴く毎日を過ごしていた。そんなある日、LVの才能を見抜く人物が現れる。マリーが自宅に連れ込んだ三流マネジャーのレイ・セイ(マイケル・ケイン)は、LVが往年の名歌手たちそっくりに歌えることを発見するのだ。LVをスターにして自分も夢を掴もうとするレイ・セイと、彼に惚れるマリー。嫌々ながらも、一夜限りの約束で舞台に立ったLVのショーは見事な成功を収めるが・・・。

この映画の見所聴き所は、LVが舞台に立つくだりだ。ここはファンタスティックで素晴らしい。何よりジェーン・ホロックスが光っている。元となった舞台劇は彼女の為に書かれたものとあって、その様も堂々としている。ジュディ・ガーランドマレーネ・ディートリッヒそっくりに歌うのが見せ場なのだが、さすがに原曲を知らないものも多数あった。それでももっと観たい、もっと聴きたいと感じさせる、思わず引き込まれる場面なのだ。このシーンを観る/聴くだけでもお金を払う価値がある。


役者では、ホロックスや、あくどい演技がオーヴァ過ぎて癖々するブレシンよりも、レイ・セイ役マイケル・ケインに圧倒される。LVを口説く時の押し方引き方のイヤラしい上手さ。そしてLVの歌よりも心に残る、クライマクスの本当に音痴な大熱唱。改めて良い役者だと思うものの、彼が素晴らしすぎる為と、終盤の暗転によって、映画全体のバランスが崩れているのが難点だ。


ブラス!』は単純に楽しめたし、ブラスバンドの演奏も良かったのに、映画の構成が”串ダンゴ”式になっていたのが気になった作品だった。それぞれのエピソードが有機的に結び付かずに、単なる羅列になっていたのだ。それに比べれば『リトル・ヴォイス』の方がエピソードの結び付きがまだスムースに感じられた。しかし成功の後の展開に時間を取られ過ぎているので、映画全体のバランスが失われているのだ。この監督は生活に密着した音楽や、音楽の持つパワーを描くのは上手いが、どうも構成が下手で興醒めするところがある。レイ・セイがLVを口説くのに成功して思わずガッツポーズを取った瞬間、シャリー・バッシーの歌声が「ごぉ〜るどひんっが〜」(『007/ゴールドフィンガー』(1964)テーマ曲)と流れるタイミングなど、絶妙で笑ってしまうのに。


各人物の転落を描くのであれば、もっとさらりと流しても良かったのではないか。そうすればLVの母親からの自立というテーマも損なわれることは無かった筈だ。感動するシーンがあるものの、観終えた後に奇妙な印象が残るのはその為なのである。


とまれ『ブラス!』同様にわが国ではヒットしているようで、それは結構なことだ。サントラCDが欲しくなった。LVの歌だけではなく、当然のことながら元祖「ごぉ〜るどひんっが〜」も収録されている。


リトル・ヴォイス
Little Voice