シンプル・プラン



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

田舎町の飼料屋で働くハンク(ビル・パクストン)は、妊娠中の美しい妻サラ(ブリジット・フォンダ)と一緒に、裕福では無いものの幸せに暮らしていた。そんな真冬のある日。失業中の兄ジェイコブ(ビリー・ボブ・ソーントン)とやはり失業中のその親友ルー(ブレント・ブリスコー)と一緒の父親の墓参りの帰り、雪に覆われた森の中で墜落したセスナ機を発見する。中にはミイラ化したパイロットと、300万ドルもの大金が詰まったバッグがあった。これはきっと麻薬の売上に違いないから、俺達に取られても誰も文句は言うまいし、誰も傷つかないだろう。黙って懐に入れて、様子を見てみよう。このひょっとした思いつき(A Simple Plan)が、やがてドミノ倒しの惨劇に発展していくのであった・・・。


スコット・B・スミスの処女作である傑作サスペンスの映画版は、タイトルとは違って実に含蓄のある凝った作品だ。


まずこの映画で優れているのは脚本だ。原作者のスミス自身が書いた脚本は、特に後半が原作とは全く異なった展開を見せ、既に原作を読んだ人でも予想の付かないものとなっている。原作の後半では大量連続殺人事件へと展開するのだが、ここではその手は使わず、より登場人物の内面、特にハンクと兄のジェイコブの関係へと切り込んでいく。これにより、原作とは違う兄と弟の優れたドラマに仕上がった。


最初は仕事も妻もある常識人として登場するハンクは、観客の分身であり良心でもある。対して見るからにだらしなく、幼稚で愚鈍に見えるジェイコブは、ハンクと観客の嫌悪と同情を引く。このジェイコブは服装もさることながら、髪もざんばら、壊れた眼鏡をテープで止めて使う、歯並びも悪い醜男なのだ。喋りもどもりがちで要領を得ず、頭も悪そうなのだから、ハンクのみならず観客もイライラさせられるのは当然である。しかし、何と無しに大金を着服しようとした彼らが罪に罪を重ねていくと、その両者の存在が逆転していく。一般人であるハンクがいつの間にか手段を正当化していくのに対し、ジェイコブはそれに疑念を抱いて行く。ハンクにそそのかされてルーを騙すシーンで、彼が見せる知性と純粋さに、一瞬はっとさせられる。このシーンでジェイコブこそがこの映画の良心である、とはっきり分かる仕掛けになっているのだ。これぞ技巧である。これが伏線となって映画は衝撃と感動をもたらすクライマクスへと行き着く。


このクライマクスで見せるビリー・ボブ・ソーントンの名演技は、長く観客の記憶に残ることだろう。『アルマゲドン』(1998)では禿げを刈上げ、不精髭、眼光鋭いNASAの責任者を凛々しく演じていた彼とは、とても同一人物とは思えない。写真を見比べても全く別人だ。凝ったメイクもそうだが、演技も本当に素晴らしい。この映画の出来は、ソーントン演じるジェイコブにかなり負っているとも言えそうだ。ビル・パクストンも悪くない。影が今一つ薄いという個性を逆手に取って、作品の中で的確な演技を見せている。その妻役サラは原作に比べて比重が少ないが、ブリジット・フォンダも本人の意識とは別に、次々と夫に悪事を吹き込む妻を好演している。しかしいかんせんソーントンの名演技の前では、彼らの存在も吹き飛んでしまう。儲け役とは言え、これはソーントンの演技が光る作品だ。


監督は『死霊のはらわた』シリーズ、『ダークマン』(1990)等の怪作を作ったパワフルなサム・ライミ。「これは一体誰の主観撮影なんだ!?」と笑ってしまう、いつもの過剰なキャメラワークは全く影を潜め、徹底的に物語を語ろうという姿勢が見える。生真面目過ぎて、その分原作にあった緊張感が若干削がれた気もした。それでも映像的に優れたシーンは随所に観受けられる。特に飛行機発見のシーンが映像ではベスト。雪玉を何と無しに投げ付けると、バサッと雪の中からセスナが登場するショットが印象的だ。あれが無ければ、皆平穏無事に暮らせただろうに。突如現れた運命の引き金。


全編にある雪景色の美しくも物哀しい風景も象徴的だ。「雪が降れば証拠は消えるだろう。証拠も何もかも、悪夢として消え去って欲しい」という、登場人物の心象風景を切り取ったかのようである。


シンプル・プラン』は、金と人間の欲望、兄と弟、運命の暴走といった、過去に使い古された題材を取り上げ、それらを巧妙にまとめ上げた興味深いスリラーだ。映画としてはややバランスを欠いた部分もあるが、印象的な作品には違いない。高い評価の割に集客が芳しくないようなのが残念である。


シンプル・プラン
A Simple Plan

  • 1998年 / アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、日本 / カラー / 121分 / 画面比:1.85:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for violence and language.
  • 劇場公開日:1999.9.16.
  • 鑑賞日時:1999.9.26.
  • 劇場:渋谷エルミタージュ/ドルビーデジタルでの上映。302席の劇場は半分の入り。
  • パンフレットは500円。真ん中に変形サイズのページがあり、そこはネタバレ的文章が。ノンフィクションライター山口直樹による、ミステリーサークルの歴史に関する記事など。
  • 公式サイト:http://www.asimpleplan.com/