エリザベス


★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

16世紀のイングランドカトリックプロテスタントの対立も激しい時代。物語の序盤で、王女エリザベス(ケイト・ブランシェット)は芯の強い部分を持ちつつも、世間慣れしていない女性として登場する。彼女は主馬頭のロバート・ダドリー(ジョセフ・ファインズ)とも恋愛する、普通の若い女性なのだ。父親であるヘンリー8世の愛人で後に処刑されたアン・ブーリンの娘である彼女は、私生児ということで反逆の濡れ衣まで被され、王位継承権も奪われてロンドン塔に幽閉されてしまう。ところが重病の床にいる王女メアリー(通称ブラディ・メアリー)の死により、エリザベスはいきなり女王の地位に就く。女王は国王の地位を狙うノーウォーク卿(クリストファー・エクルストン)らが張り巡らす陰謀に対抗するため、策略家で暗殺のプロでもあるフランシス・ウォルシンガム(ジェフリー・ラッシュ)を従え、危険な世界を泳ぎ切ろうとするのだ。ローマ法王(ジョン・ギールガッド)公認の暗殺など、次から次へと襲い掛かる危機を無事乗り越えられるだろうか。


若き日エリザベスが、僅か25歳でイングランドを統治するまでを描いたコスチューム・プレイ・・・と言うと既に敬遠してしまう向きもあろう。しかしこの映画の124分はあっという間だ。畳み掛けるようなテンポで陰謀・暗殺・対立を手際良く描き、恋愛も絡ませませながら物語を進めていく。歴史物の鈍重な作風を思い浮かべた人でも、予想を裏切られて十分に楽しめる作品である。


ここで注目すべきはエリザベス自身の変化だ。最初は踊りが好きで良く笑う女も、やがては自身の人間性や女性的性格さえも捨て、時に冷酷な一つの権力と化して行くのだ。豪華の極みであるコスチュームやメイクも、その辺を分かり易く描写している。登場シーンでは白っぽいひらひらしたドレスを着ていて、やがて肌の露出も少なく、生地の色は暗くなっていく。最後には顔全部を白塗りにし、身体全体を鎧の如く覆う黒いドレスを纏うのだ。そこに込められた意味、文字通り国と結婚した彼女の内面の苦悩をすくい上げるのは容易だ。


監督がイギリス人ではなくインド人のシェカール・カプールだったのも、成功の要因ではないか。インドはかつてイギリスの領地だった国。インド人監督によって、単なる女王万歳英国万歳ではない、冷静さが加わったのではないか。時にCF風の映像の挿入が唐突なのが残念、しかしそれを差し引いても迫力ある映画になっている。


映画の成功は素晴らしい役者陣によるところも大だ。ブランシェットは現代美人の素顔をかなぐり捨てたメイクをし、厳しい演技を打ち出すことに成功している。今年のアカデミー賞主演女優賞では、『恋におちたシェイクスピア』(1998)のグウィネス・パルトロウに敗れはした。しかしブランシェットは、あちらの受賞理由は「こっちより可愛いから」じゃないのかと勘ぐりたくなるような、凄みのある演技を見せてくれる。迫力と素晴らしさに圧倒されてしまう。助演陣も悪役のエクルストン、サー・ジョン・ギールガッド、サー・リチャード・アッテンボローファニー・アルダン以下、厚みのある役者を揃えている。中でも、いつも険しい表情をしているジェフリー・ラッシュが一際目立つ。この映画を見る2〜3日前に、自宅でピアニスト役の『シャイン』(1997)を見たばかりなので、落差が余計に感じられた。そういえば年老いたエリザベス女王が登場する『恋におちたシェイクスピア』にはラッシュが道化役で、ジョゼフ・ファインズがやはりヒロインと恋する役で出ていた。この『エリザベス』を観てから『恋におちた〜』を観直すと、色々合点がいく部分もありそうだ。


とまれ史実を無視して陰謀と策略渦巻く状況をヒロインが如何にして切り抜けるか、映画としての面白さに徹底したのもある意味潔い。歴史ものにありがちな鈍重さはまるで無く、テンポの速さが身上の作品だ。下手をすれば軽い映画になるのを救ったのは、きっちりと演技が出来る各役者陣の重みで、それが映画の重量感に寄与している。


エリザベス
Elizabeth