L.A.コンフィデンシャル


★film rating: A+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。


断言しよう、話題作『L.A.コンフィデンシャル」』は久々の大傑作映画だ。単純に娯楽アクション=サスペンスとしても楽しめるが、同時に芸術としても一級品なのである。演出、脚本、演技、美術、音楽など、どれもこれ見よがしではないが、優れた”映画”だ。


原作は現代クライム・ノヴェルの大物、自称”アメリカの吠える狂犬”ジェイムズ・エルロイによる、『暗黒のLA 4部作』の第3部に当る作品。複雑かつ難解な展開で読者を混乱寸前まで追い詰める恐るべき迷路のような小説だ。映画版脚本では、複雑で壮大かつ陰惨な文字通りの暗黒小説を一度解体し、再構築するという離れ業を成し遂げている。原作の各場面をそのまま使っている部分が観受けられるのに、原作とはかなり違う物語になっているのだ。偉業を成し遂げたのは、監督のカーティス・ハンソンと『陰謀のセオリー』(1997)、『ペイバック』(1999)のブライアン・ヘルゲランド。オスカー受賞も当然だろう。


舞台は1950年代のL.A.。ギャングのミッキー・コーエンが幅を利かしている時代。そこに3人の男たちがいた。エドガイ・ピアース)は自らの出世の為ならば仲間も売る若い刑事。バド(ラッセル・クロウ)は女に対する暴力が許せない、正義の為ならば証拠もでっち上げる暴力刑事。ジャック(ケヴィン・スペイシー)は刑事ドラマのアドバイザーを務めて芸能界に顔が効く花形刑事で、タブロイド誌の記者シド(ダニー・デヴィート)に情報を流し、スクープを御膳立てして裏金を取って小銭稼ぎにいそしんでいる。3人の刑事はそれぞれ相当のクセ者だ。その彼らが、元同僚が巻き込まれた大量殺人事件を追う内に、やがて自らのなけなしの正義を奮い起こし、巨悪に立ち向かおうとする。


観終えた後に何を最初に思い出したかというと、これがかつての西部劇の雰囲気だ。荒くれだったり、あるいは気弱でダメだった男達が、最後は意地を掛けて立ち上がるという、あの雰囲気である。巨悪は歯が立たないほど強くとも、自分達に勝ち目が無くとも、それでも闘いを挑む男たちが、かつてはスクリーンにいた。その彼らが戻って来たのだ。彼らは敵に対してだけではなく、その強烈な個性ゆえお互いにぶつかり合う。ピアース、クロウ、スペイシーら皆素晴らしい。反目しあっていた彼らが団結して巨悪に戦うその姿、それがあるから映画が盛り上がるのだ。


ピアースは頭脳明晰で冷徹、だが成長していくエドも見事に演じ切った。下手すると単なる嫌われ者の役なのに、簡潔でシャープな演技で深みも見せる。今後の注目株だ。クロウはは単なる暴力刑事ではなく、実は頭も良くて心根は優しいバドをパワフルかつ繊細に演じている。スペイシーはこれはもう、先の2人に比べて余裕と貫禄の演技だろう。『ユージュアル・サスペクツ』(1995)『セブン』(1995)の怪演とうって変わって、洒落者でナルシストの刑事を優雅に演じていて、ユーモアたっぷり。絶妙だ。


この映画に出てくるのはイイ男ばかりではない。イイ女も出てくる。捜査線上に現れてバドと恋に落ちる女優ヴェロニカ・レイク似の娼婦リンを、キム・ベイシンガーが最近のハリウッド映画に珍しく、表情や動きを押さえて演じている。出番は少ないのに、最近の映画女優の中で雰囲気は抜群だった。


ダニー・デヴィートはこれまたいつものダニー・デヴィートで、タブロイド記者にぴったりで笑ってしまった。この人、出てくると彼の周りの空気だけコメディになるんだな。原作の記者像とは随分違うが、ハードな内容にユーモアを与えていたのも確かだろう。


彼らあるいは彼女を見る為だけでも、この映画には価値がある。スクリーンではやはりイイ男とイイ女を観たいではないか。


カーティス・ハンソンの演出はシャープで、一時もスクリーンから目が離せない。『ゆりかごを揺らす手』(1992)は感心しなかったが、ヒット作『激流』(1994)はおおざっぱであるものの楽しめたスリラーだった。それがこの大化けなのだから、映画は分からないものだ。複雑な物語をしっかりした手さばきで語っていて素晴らしい。


この映画を語るときによく引き合いに出されるのが、ロマン・ポランスキーの傑作ハードボイルド『チャイナタウン』(1974)だ。そのやるせない雰囲気作りに貢献していたのが、ジェリー・ゴールドスミスの音楽だった。今回も切ないトランペットのソロが使われている。一方で随所にあるサスペンスやアクション場面、そしてクライマクスの壮絶な大銃撃戦でも迫力を盛り上げている。彼の曲は余りに迫力があり過ぎる為に、画が音に負けていることも珍しくない。しかし今回はそんなことも無く、音楽がこれ見よがしに感じられなかった。それだけ映像がしっかりしていたのだ。曲だけでなく、演出や編集自体も優れている証しでもあろう。製作当時68歳の超ベテラン、年間数本ペースで曲を書きまくっているパワーは健在だ。


ダンテ・スピノッティの撮影にも一言触れたい。マイケル・マン監督御用達の撮影監督だった彼は、ここでもマン作品同様、時に光と影のコントラストが強烈で美しい映像を生み出している。奇をてらったアングルやフィルターワーク、派手なステディキャム・ショットはない。そうでなくとも、効果的に物語をサポートしていた。特にこの作品で特徴的なのは、逆光の効果的な使用。例えばキム・ベイシンガーの後ろからライトを当て、彼女のブロンド・ヘアが光の輪郭に彩られたり、クライマクスでも銃弾で空いた無数の壁の穴から光が強烈に漏れたり、といった場面がある。前者では柔らかさを、後者では鮮烈さを、それぞれさりげなく印象付けていた。


また、デジタルサウンドの迫力は一聴に値する。銃撃音、男たちの熱い思いをほとばしらせた声、激しい打楽器、金切り声を上げる弦。これはデジタルサウンドならではだったと思う。


エンドクレジットを最後まで観ると、ちょっとしたオチが待っているのでお楽しみに。



L.A.コンフィデンシャル
L.A. Confidential

  • 1997年 / アメリカ / カラー / 138分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for strong violence and language, and for sexuality.
  • 劇場公開日:1998.7.18
  • 鑑賞日時:1998.7.18
  • 劇場:日比谷みゆき座 ドルビーデジタルでの上映。公開初日土曜夜のレイトショー、756席の劇場は満席だった。