リンカーン



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

1865年1月。再選され2期目の大統領となったエイブラハム・リンカーンダニエル・デイ=ルイス)は苦境に立たされていた。奴隷解放に対する賛否で国を二分して起きた南北戦争は4年目に突入し、大勢の死者が出ていたのだ。リンカーン奴隷制度禁止の為には憲法の修正が必要と考え、周囲の反対を押し切って憲法修正第13条の議会での可決を目指し、戦争にも決着を着けようとする。しかし敵政党である民主党の反対は根強く、リンカーンは参謀シーワード(デヴィッド・ストラザーン)らに議会工作を指示。こうして法案の成立を巡る戦いが始まった。


もちろん、昨年公開されたアクション・ホラー映画『リンカーン/秘密の書』の続編…ではありません。スティーヴン・スピルバーグの新作は、ここ数年の監督作品の中で1番良かったです。納得したのは『ミュンヘン』以来でしょうか。成功の要因の1つは、正統派且つ散漫な伝記映画ではなく、議会での駆け引きを中心とした政治映画にした事。しかもタイムリミット付きの。これがかなり面白いのです。政界が舞台とあって登場人物が多いのですが、顔を知っている役者達がぞろぞろ出て来るので分かりやすい。こういうのは大事です。しかし髭面が多いですね。驚きはロビイストの1人を演じたジェームズ・スペイダーです。かつての退廃美男子の面影はすっかり無く、髭面でにこにこ太っていて、でも飄々とした好演。細身のジョン・ホークスとの取り合わせも良かった。議会の重鎮にハル・ホルブルックトミー・リー・ジョーンズらを配し、特にジョーンズは儲け役です。でもやはりデイ=ルイスは凄かった。どうせまたデイ=ルイスでしょう…と近年の彼の作り込まれた強面迫力系(『ギャング・オブ・ニューヨーク』や『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』)にやや食傷気味だったので、これは嬉しくも予想外でした。高めの声の優男に見えて、自らの信念の実現の為には手段を選ばず、部下にハッパ掛けるときは厳しいという、多面的で面白く、素晴らしい役と演技でした。トニー・クシュナー脚本も上手いのですが、これにはうならされました。カリスマティックとはこの事。さすが現代の名優です。


スピルバーグの演出は堂々たるもので、真っ向勝負の議会ドラマ、もしくは政治スリラーに仕上げています。特に後半のハラハラさせて盛り上げるのが上手い。やはりスピルバーグは基本的にドラマではなくスリラーの作家なのです。それでもこの映画には良い場面も多かった。題材と監督の幸せな結婚だったのでしょう。技術に長けたヴェテラン監督の健在ぶりは嬉しいものでした。


そしてこれは紛れもなくアメリカ映画らしいアメリカ映画です。政治リーダーに夢を託し、政治に希望を抱いているという点で。また、言葉を重要視するという点で。これも殆ど言語のみが共通の多民族国家ならではなのかも知れません。それでも単なる夢物語ではなく、理想と夢を抱きながらもその実現の為には現実的な選択を行うリーダーを描いています。政治映画の伝統のある、これもまたアメリカ映画らしいのでした。


ヤヌス・カミンスキーのフィルム粒子が粗い光と影の映像は印象的。音響の使い方(ベン・バート担当)も上手い。ジョン・ウィリアムスの音楽は柔らかい音色のトランペット・ソロが良かったです。


気になったのは、本編前にスピルバーグから日本の観客に奴隷制度と南北戦争についての簡単な解説がある事。あれって必要なのでしょうか。『ワルキューレ』ではヒトラーナチスドイツについての解説が付いていましたが、どちらも義務教育で習う内容の筈。そんなのも分からない観客はそもそも対象外だと思うのですが。でも興業側としては恥も外聞もなく観客サーヴィスしたいという事なのでしょうか。分からないという観客が多いとして、そっちの方が恥ずかしいですよ。ひょっとしてゆとり世代が対象なのか。謎なのですよね、この件は個人的に。


リンカーン
Lincoln

  • 2012年|アメリカ|カラー|150分|画面比:2.35:1
  • 映倫:G
  • MPAA (USA): Rated PG-13 for an intense scene of war violence, some images of carnage and brief strong language.
  • 劇場公開日:2013.4.19.
  • 鑑賞日:2013.5.4.
  • 劇場:TOHOシネマズ ららぽーと横浜10/ゴールデンウィークの土曜日、公開3週目の朝9時40分からの回、105席の劇場は8割がたの入り。男女比は半々くらい、年齢層は高め。
  • 公式サイト:http://www.foxmovies.jp/lincoln-movie/ 予告編、作品情報、著名人コメント集等。