007/スカイフォール



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

MI6の諜報員ジェームズ・ボンドダニエル・クレイグ)は、パートナーのイヴ(ナオミ・ハリス)と共に、機密リストが入っている盗まれたハードディスクを追うものの、九死に一生を得る。老いを感じながらも死の淵から職務復帰したボンドは、テロに襲われているMI6を統括するM(ジュディ・デンチ)の命を受け、上海に飛ぶ。折しもMは、官僚マロリー(レイフ・ファインズ)から引退を迫られていた。一方、ボンドが出会った謎めいた美女セヴリン(ベレニス・マーロウ)から辿り着いたのは、シルヴァ(ハビエル・バルデム)という男だった。


舞台出身で、処女映画作品『アメリカン・ビューティー』でいきなりアカデミー賞を受賞したサム・メンデスが監督、つまりシリーズ初のアカデミー賞監督を迎えたのでも話題のこの大作。正直に言いましょうか。観ている間は楽しめたのですが、鑑賞直後は面白かったと思うものの、大き過ぎた期待値に達していなかったのでは…と思いました。しかし、です。時間が経つに連れてジワジワと興奮が来たのです。これは私的ベスト・ボンド映画にしてダニエル・クレイグ・ボンド最初の作品『カジノ・ロワイヤル』と同様。観ている間もあれやこれやのネタに気付くのですが、観終わってからもさらに色々と気付きます、考えてしまいます、言いたくなります。いやもう、クレイグはこれで有終の美を飾っても良いではないでしょうか。これでシリーズ打ち止めを宣言されても、映画ファンとしては悔いは無いですよ。


冒頭からアクセル全開、息継ぐ暇も無い大アクションの連打の後は、ダニエル・クラインマンによる傑作タイトル・デザインが始まります。アデルの主題歌と合わさって、映像と音に酔いしれましょう。アクションと緊張の動から、このシークェンスの静へと移行し、文字通りボンドと共に引き込まれてしまいます。川底の砂から現れてボンドを掴んだあの手は、サム・メンデスの手に違いありません。第2班監督が、『スピード』『ブラックホーク・ダウン』『007/カジノ・ロワイヤル』『ザ・タウン』等のアレクサンダー・ウィット、編集が『007/カジノ・ロワイヤル』等を編集し、以前にもご紹介した傑作『エグゼクティブ・デシジョン』を監督したスチュワート・ベアードです。だからでしょうか、アクション場面は安心して観ていられます。切れ良く迫力あって見応え十分。案外、メンデスはドラマ部分に注力すれば良かったのかも知れません。だからこその全体の完成度だったのでは…と言いたくなるくらいに、ドラマ部分も力が入っていました。撮影も編集も手が込んでいるし、役者の演技も良い。悪役のハビデル・バルデム登場場面や、Mの議会でのスピーチ場面等、アクション・スリラーに相応しい、ドラマチックで素晴らしい場面もありました。しかも議会の場面は緊張感もあって素晴らしい。アクション・サスペンスがドラマと密接になって進行するのは、この手の映画では理想形でしょう。しかも驚いた事に、そして幸いな事に、メンデスは「分かっている」監督でした。アクション映画、娯楽映画の呼吸が分かっているのです。過去のボンド映画を観ている者が喜ぶ仕掛けも満載ですが、とある場面でのボンドとある人物の眼と眼の目配せなど、思わず膝を打つ上手さ。こういう細部の演出が、アクション映画ならではの面白さを付加するのです。


Mという大いなる母を軸に、コインの表と裏の兄弟が戦いを繰り広げる本作は、マザー・コンプレックスを描いたボンド映画、という異色作でもあります。いや、まさかそんなテーマをこのシリーズで観るとは思いもしませんでした。しかも『地獄の黙示録』に目配せしながら、西部劇、しかも『リオ・ブラボー』になってしまう大胆さ。娯楽映画として十分楽しめるます。



すっかり一生懸命なボンドが板についたダニエル・クレイグは、決め台詞を含めたユーモアを見せつつも、やはり必死さを見せてくれます。前作『慰めの報酬』に続けてトム・フォードのスーツを着こなす姿は、やはり恰好良い。スーツでアクションをこなして違和感が無いのは、ボンドをおいて他に居ません。先日鑑賞した『ドリームハウス』や、前作『ドラゴン・タトゥーの女』といった一般人役とは全く違う演技を観るにつけ、この人の何気ない演技巧者振りに感心したのでした。一方、ハビエル・バルデムの悪役は、シリーズ1番と言って良い気持ち悪さ。『ノーカントリー』での悪役アントン・シガーとも全く違う悪役像を作り上げていて、かなり強烈です。前述した登場場面も圧迫感がありました。官僚役レイフ・ファインズは敵か味方か分からない役で、観る者に緊張感を与えるのが上手い。人物配置も上手いですが、これはどこか得体の知れないファインズという役者の起用が当たった好例です。


全編キメキメ映像連発の名匠ロジャー・ディーキンスの撮影も、見所の1つです。「画」と言うに相応しい画を取る人が、潤沢な予算を与えてボンド映画を撮らせるとこうなるのでした。映画冒頭のショットからにやにやさせられてしまいます。巨匠初のHD撮影作品は、今回はデジタルIMAX上映での鑑賞だった為、文字通りフルデジタル。上海の高層ビルの場面等はデジタルの妙味を味わえました。が、終盤はフィルムと見まごう豊かな階調で、デジタル臭ささえ薄れてしまっています。ディーキンス初のHD撮影はさすがという見事な仕事ぶりでした。IMAX上映は天地一杯だったので、恐らく撮影時のアスペクト比に近いのでしょう。一般劇場は2.35:1だから構図も違う筈です。そちらも再見したくなりました。


スカイフォール』は文字通りの娯楽アクション超大作の傑作であり、ボンド映画史にも残る力作でもあります。いやもう、色々言いたい事はあるのですが、ネタバレになる事ばかりなので、黙っておきましょう。ただ1つ心配があるとすれば、シリーズは今後どの方向に進むのか、という事です。1本の映画に詰め込めるだけ詰め込んだ各アイディアは、「JAMES BOND WILL RETURN」と出るエンドクレジットを見るにつけ、次回作はネタ枯渇になるのではと、気掛かりになってしまいました。監督サム・メンデス、脚本ジョン・ローガンは早くもアイディア出しを始めているという事で、今回の延長上にある映画になるのでしょう。しかしクレイグ・ボンドの必死路線はそろそろマンネリになりそう。今回はロートル役でしたので、次回は中年男性の余裕を描いて欲しいというのは、往年のボンド映画を観ていた者の願望です。そう、ショーン・コネリーのボンドのような。もっともメンデスですから、ボンドのミッドライフ・クライシスを描きかねませんけれども。


是非ともお見逃しなきよう。



007/スカイフォール
Skyfall

  • 2012年 / アメリカ、イギリス / カラー / 143分 / 画面比:2.35:1、1.90:1(IMAX版)
  • 映倫(日本):G
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for intense violent sequences throughout, some sexuality, language and smoking.
  • 劇場公開日:2012.12.1.
  • 鑑賞日時:2012.12.1.
  • 劇場:109シネマズグランベリーモール7/デジタルIMAX上映。公開初日の土曜日、18時30分からの回、341席のシネコンは9割の入り。
  • 公式サイト:http://www.skyfall.jp/ 予告編、メイキング動画、クイズ&トリビア、なりきりボンドキャンペーン等々。