ダークナイト ライジング



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

ジョーカーとの死闘から8年。ゴッサム・シティは平和を享受していた。だがバットマンは闇に消えたままであり、その正体である若き大富豪ブルース・ウェインクリスチャン・ベイル)は世捨て人となっていた。しかしウェイン宅で泥棒を働いたセリーナ・カイル(アン・ハサウェイ)の出現により、事態は変わりつつある事が判明する。強靭な肉体と精神力、明晰な頭脳を持つベイン(トム・ハーディ)率いる大規模テロ集団が、着々と準備を進めていたのだ。やがてゴッサム・シティは恐怖と混乱、破壊に満ちた混沌と化してしまう。そしてブルース・ウェインバットマンは全てを失ってしまう。果たして彼は蘇るのか。


いや、これだけ渇望された続編も近年稀でしょう。傑作となった前作『ダークナイト』(2008)から4年振りとなった3部作完結編は、結局のところ2回もIMAXで観てしまったのだから、個人的にはかなり気に入ったのは事実です。でも初回の鑑賞は期待が大き過ぎたせいか、乗れるまで時間が掛かりました。予想を裏切る展開満載と画面の迫力にも関わらず。


第1作『バットマン ビギンズ』(2005)を起点としたクリストファー・ノーランによるダークナイト・トリロジー完結編は、過去2作品を観ていないと何が何やら分からなくなる可能性が非常に高い映画となっていました。特に第1部の基本設定を覚えていないと、さっぱり理解出来ないでしょう。本作で明らかになったのは、3部作で1つの大きな物語になっているという事。第2部を挟んで、第1部と第3部の反復構造となっていながら、テーマは第1部と第3部で対照となっていました。特に高評価を得た『ダークナイト』への目配せが少ないからか、同作が大好きな人達から不満を多く聞きます。というのも一見すると『ビギンズ』のリメイクに見えてしまうのですよね。但し私の意見では、『アビス』の興業的失敗を経たジェームズ・キャメロンが、『ターミネーター』を大金掛けて『ターミネーター2』としてリメイクしたのとは違い、『ビギンズ』と『ライジング』とでは似て非なる同工異曲となっています。


僕が考える本3部作の構造はこうです。『ビギンズ』は、復讐心から自警員となりバットマンを名乗るようになった男が、父たる存在を打ち倒す物語。『ダークナイト』は、純粋悪の出現によって存在自体がそれと対になり、単なるバットマンから高貴なる闇の騎士(ダークナイト)へと孤独に昇華された男の物語。そして『ライジング』では、父離れしてから一度死んだものの、高潔なる精神を持って復活し、その精神は誰でも持ちうるというメッセージと共に消えて行った闇の騎士の物語なのです。よって闇の軍団(あぁ、『ビギンズ』の時点でもっと魅力的に描かれていれば!)の存在や、ラーズ・アル・グール一家の正体が後半で明らかになるなど、『ビギンズ』とそっくりな展開を見せる本作は、全3部作の流れからすると明確な完結編と言えます。ここら辺のがっちりとしたつくりも、クリストファー&ジョナサン・ノーラン兄弟らしいのですが、同時にアメコミ・ヒーロー映画として息苦しさを感じてもしまいました。


ノーランは、明らかに登場人物に愛情を抱いていません。ブルースの忠実なる執事であり、人生の師=父性的存在でもあるアルフレッド(マイケル・ケイン)や、ウェイン社社長ルーシャル・フォックス(モーガン・フリーマン)らの扱いを見れば一目瞭然です。もし彼らが、今までのシリーズの総まとめとばかりに、あんな行動やこんな行動を見せてくれればもっと盛り上がったのに。しかしノーランは個々の人物の活躍による観客サーヴィスには興味も無く、物語の駒の端くれとして、彼らを配置し、動かします。今回のプロットには、アルフレッドもフォックスも殆ど不要だとばかりに。一方で新しい人物には個性を与え、見せ場を与えています。レギュラーメンバーのこういった扱いは寂しい。これもアメコミ映画らしい開放感の無い要因の1つとなっています。僕個人はノーランのリアリズム路線自体は基本的に支持しますが、この手の活劇にはもう少し伸びやかさが欲しい。もっとも、世界を作り込んでがっちりとしたプロットを築き、そこに情報を詰め込むノーランに、伸びやかさを求めるのは筋違いなのは理解していますが。


また、一般市民を含めて制圧されたゴッサム・シティなのに、それ以降は彼らがまるで登場しないのは解せません。出て来るのはテロ組織と警官隊だけ。それともテログループに一般市民も参加していたのか??暴徒と化した一般市民が略奪する様は描かれていましたが、『ダークナイト』での市民性善説のラストと正反対に思えて、少々面喰います。また前作の結末で、「子供=市民は知っている」と描いているのだし、警官ジョン・ブレイク(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)も、子供の時の体験からバットマンブルース・ウェインを信じている(もしくは信じたい)男として描かれています。だったらバットマンを信じている人々の姿を少しでも描くべきでした。もっともその『ダークナイト』でバットマンは罪を被ったのですから、その後の一般市民の反応も知りたいところ。本作では警察等の表向き発表ではバットマンは犯罪人として扱われているものの、施設の子供たちは「信じている/待っている」者として描かれています。ここら辺が若干ちぐはぐに思えました。


ベインは最強の敵として魅力的な造形、演ずるトム・ハーディも素晴らしい。これは終幕の対決が楽しみだと思っていたら、実は…という種明かし。これは残念でした。本作と同じ構造を持つ『バットマン ビギンズ』でも思ったのですが、この手のアメコミヒーロー映画では、最初から最後まで悪役は首尾一貫していた方が面白いです。前半と後半で観客が対象とする悪役が違うと、主人公が対峙する相手としてどうも印象が薄くなってしまうのです。これは意外性を狙ったクリストファー・ノーランのミステリ趣味が足を引っ張ってしまいました。


そんな訳で、初見では上映時間165分は少々重く長く感じられ、30分は短く切れるだろうと脳内で反芻していました。前作『ダークナイト』の方が密度が高く、求心力がありました。こちらはいささか人物過多、内容詰め込み過ぎで、かえって散漫なのではないか。そんな思いを抱きながら、どことなく乗り切れずに観ていたのですが、幸運にもそれは途中まででした。後半にグッとドライヴが掛かるのです。


それにしても、です。「男気」という言葉はあるのに、同じ意味で女性に当てはまる言葉はないものでしょうか。残念ながら「女気」だと意味が変わってしまいます。「女子力」「女心」という言葉を使う人もいるようですが、それもここではちょっと違います。ここは「胆力」と言い換えましょうか。キャット・ウーマンことセリーナ・カイルが場をさらい、演じるアン・ハサウェイは見事に胆力を見せつけてくれます。


観よ!この高揚感。聴け!地鳴りのような迫力。ノーランの演出は全体に力技を効かせた強靭なものですが、終幕の直線的な盛り上がりを見せる展開には圧倒されます。それまで個性豊かに彩られた各人物達の群像ドラマが、ここに活きて来ました。ある者はやはり…と頑張りを見せ、ある者はまさか…と予想を裏切ってくれます。プロット自体がツイストを効かせており、やはりノーランは基本的にミステリ/スリラーの作家なのです。そこに塗されたドラマと呆れるばかりの大アクションの連打は、これはもう降参しましたとしか言いようがありません。大風呂敷を広げても伏線はきっちり回収され、終幕にはまさかの感動的な場面が待っています。このいささか粗い脚本であっても、剛腕演出と終盤の展開でねじ伏せられました。あぁ、無事に最終章を飾ってくれて良かった。


ブルース・ウェインバットマンには、遂に安息が訪れたのか。是非、ご覧になって下さい。


ダークナイト ライジング
The Dark Knight Rises

  • 2012年|アメリカ|カラー|164分|画面比:2.35:1、1.44:1(IMAX版)
  • 映倫(日本):G
  • MPAA(USA):Rated PG-13 for intense sequences of violence and action, some sensuality and language.
  • 劇場公開日:2012.7.28.
  • 鑑賞日:2012.7.27.、2012.8.26.
  • 劇場:109シネマズグランベリーモール7/デジタルIMAX上映。(7.28.)先行上映最終日の平日金曜日、18時30分からの回、341席のシネコンは7割。(8.26.)平日木曜20時からの回、20人の入り。
  • 公式サイト:http://www.darkknightrising.jp/ 予告編、スタッフ&キャスト紹介、壁紙、タンブラー・デザイン・コンテスト等々内容盛りだくさん。