ドラゴン・タトゥーの女



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

ストックホルムで富豪ヴェンネストロムの汚職を追っていた社会派敏腕記者ミカエル(ダニエル・クレイグ)は、記事に対する名誉毀損裁判で敗訴してしまう。失意の彼の調査能力を買って、同族経営の大企業を率いる会長ヘンリク・ヴァンゲル(クリストファー・プラマー)は、ミカエルにある依頼を出す。40年前、一族が住む小島から忽然と姿を消した少女ハリエットの行方を探し出し、犯人を突き止めてもらいたい。その為には一族の恥部を洗いざらい調べても良い、と。報酬はヴェンネストロム汚職の証拠、と言われたミカエルは、早速調査を開始する。一方、痩身小柄な23歳のリスベット(ルーニー・マーラ)は、攻撃的で他人に心を閉ざす、全身ピアスに背中に竜の入れ墨を入れたパンクだった。映像的記憶能力と天才的クラッカーでもある才能を生かした敏腕調査員でもあったが、過酷な生き方を強いられていたのだ。リスベットの存在を知ったミカエルは彼女に調査協力を依頼、やがて2人はヴァンゲル一族の過去と、歴史に埋もれた忌まわしい事件に突き当たる事になる。


スティーグ・ラーソンの傑作娯楽ミステリ/スリラー小説の、これは望み得る最上の映画化です。オリジナル版の映画『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』(2009)で気になった長大な小説を端折った感がありません。名手スティーヴ・ザイリアンは上手に脚色しています。もっともこれは、私の原作の記憶が薄れているからという可能性もありますが。オリジナル版との最大の違いは、前者がミステリ重視だったのに対し、こちらはドラマ重視になっていた事でしょう。その違いは言わぬが華のラストに打ち出されていたように思えます。


本作を観ると、監督のデヴィッド・フィンチャーは、初期作品の『セブン』や『ファイト・クラブ』のような、映像偏重主義に戻る気が全く無いのがはっきり分かります。空間の広さや狭さに対する鋭い感覚も含めて映像はさすがなものの、どれもが物語に奉仕しており、映像主体ではありません。サスペンスやスリルのある場面もそこだけ突出してはおらず、飽くまでも「物語を物語る」姿勢に徹していました。つまりは、『ゾディアック』以降の、『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』『ソーシャル・ネットワーク』の延長上に位置する作品なのです。しかし娯楽性という点では、これら3作品の中でも1番娯楽色が強い。レイプや連続殺人事件といった要素も含めて、一見するとどぎついミステリ/スリラーとして始まりますが、謎解きとスリルを豪腕でもって観客の興味を引きつつ、実は若い女性の成長を絡めながら悲恋というドラマに着地させ、それが見事に決まっているという、高い技術とパワーに裏打ちされた演出でした。随所にユーモアを挟み、緊張感の緩急の付け方も上手い。特にブラック・ユーモアなのが、エンヤの大ヒット曲『オリノコ・フロウ』の使い方です。スタンリー・キューブリックの『時計じかけのオレンジ』での『雨に唄えば』を歌う場面に匹敵するインパクトでした。


このようなフィンチャーの手腕を円熟と言うか、角が取れて面白味が無くなったと言うかで、評価が分かれるかも知れません。私は面白さを残しつつも、監督としてすっかり一流になったと思います。


フィンチャーらしい尖った映像が存分に楽しめるのは、自ら編集を手掛けたという冒頭のメインタイトル・デザインでしょう。レッド・ツェッペリンの『移民の歌』をカバーし、007もかくやという華麗でおどろおどろしい世界。SMとテクノロジー、H・R・ギーガーが合体したかのような、リスベットの悪夢がテーマのCGアニメです。また、全編に使用された明度の高いHD撮影により、北欧田舎町の出来事がクールなルックで描かれているのも、作品の印象を決定付けています。フィルム撮影だったオリジナル版『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』の方がより陰惨な印象を与えるのも、これに関係しているように思えました。



中盤までは、上手いダニエル・クレイグと対等の主演に見えていたルーニー・マーラは、後半になって更に存在感を増し、映画の終了後は実質的な主役だと印象付けます。オリジナル版でリスベットを熱演していたノオミ・ラパスよりも、僕自身は原作のイメージに近かった。ひったくりや凄惨なレイプに遭っても、やられたらやり返すのタフネス精神。他人には氷のような印象を与えるものの、恋人に対してかすかに見せる微笑。説明は無くとも、過酷な人生が彼女をそうさせたとの説得力があります。エキセントリックでハードな面を強調していたオリジナル版に対し、本作はリスベットの繊細な表情まで描き、より立体的な人物造形を行っていました。だから原作第2部で明かされる彼女の過去に関する重要な台詞が、本作終幕に用意されているのも、ドラマとしては十分に納得の行くものでした。


日本版独自の加工で最悪なのはモザイクです。わずか10秒ばかりの出現で、あれだけ場をブチ壊す所業も中々ないでしょう。ネットでの悪評を受けてか、急遽モザイク無し版がR18+として六本木で6日間限定で公開されますが、今更感が強い。作者の意図したものを上映するという観点からして、無修正版で公開されるのが当然。国内版DVD/Blu-ray Diskはこちらでのリリースをしてもらいたいものです。


ドラゴン・タトゥーの女
The Girl with the Dragon Tattoo

  • 2011年|アメリカ、スウェーデン、イギリス、ドイツ|カラー|158分|画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):R15+(刺激の強い性的暴力・拷問・性愛描写、惨殺死体の描写がみられ、標記区分に指定します。)
  • MPAA (USA):Rated R for brutal violent content including rape and torture, strong sexuality, graphic nudity, and language.
  • 劇場公開日:2012.2.10.
  • 鑑賞日時:2012.2.26.
  • 劇場:109シネマズグランベリーモール1/ドルビーデジタルでのフィルム上映。公開2週目の日曜20時50分からの回、183席のシネコンは4割から5割の入り。
  • パンフレットは600円。主要キャスト、フィンチャーへのインタヴュー、プロダクション・ノート等充実した内容。
  • 公式サイト:http://www.dragontattoo.jp/ 音楽のみで台詞や効果音を一切廃して話題になった予告編、詳細なスタッフ/キャスト情報、原作紹介など、盛りだくさんの内容。