復讐捜査線



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

ボストンの刑事トム・クレイヴン(メル・ギブソン)の元に、1人娘のエマ(ボヤナ・ノヴァコヴィッチ)が久々に帰省して来た。久々の再会を喜ぶも、嘔吐を繰り返し鼻血を出す彼女を病院に連れ出そうとした玄関先で、「クレイヴン!」の呼び声と共に、娘は目の前でショットガンによる銃撃で惨殺されてしまう。当初はトムに恨みを持つ者による犯行と目されていたが、自身で捜査を進める内に、自分が知らない娘の素顔と巨悪の存在を知る事になる。やがてトムの前に、イギリス人の隠蔽工作専門家ジェドバーグ(レイ・ウィンストン)という男が現れる。


原題「Edge of Darkness」は、直訳すれば「暗闇の淵」。淵から奥底を覗いて見えるものは、世の裏で進行している巨大な陰謀か、あるいは主人公の心か。


いやいや、久々にハードなアクション・スリラーを観ました。暴力タッチと、『サイン』(2002)以来の映画出演となるメル・ギブソンの持ち味、それと社会的メッセージもあって、これは強烈な映画でした。まさか職人アクション・スリラー監督マーティン・キャンベルに、こんな映画が撮れるとは。キャンベルには『007/カジノ・ロワイヤル』(2006)という傑作もありますが、出来不出来は脚本に左右される監督ですね。上出来な脚本では上出来な映画が、不出来な脚本だと不出来な映画が出来上がってしまう。『バーティカル・リミット』(2000)などという不出来な映画もありますが、あれも脚本の出来が悪かったからでしょう。ある意味伸びシロの無い素直な監督とも言えます(もっとも、あれはプロデューサー兼務でしたので、言い訳は出来ませんが)。本作の脚本担当はウィリアム・モナハン(アンドリュー・ボーヴェルと共同)。『キングダム・オブ・ヘブン』(2005)、『ディパーテッド』(2006)等の脚本家です。『ワールド・オブ・ライズ』(2008)という、後半が尻すぼみになってしまう少々残念な映画もありましたが、毎回期待出来る人。今回は良い仕事をしました。愛娘が殺害されても冷静さを装っていた捜査のプロが、やがて内なる怒りと復讐の念にかられ、手段を問わず巨悪を追い詰めて行く。そんな姿が良く出ていたと思います。


原作である全6話のミニTVシリーズ刑事ロニー・クレイブン』(1985)は、かつてNHKでひっそりと放送されただけでDVDも出ていません。よって残念ながら未見ですが、英国ドラマを変えたとまで言われる位に評価の高い作品です。そのオリジナル版で監督を務めたキャンベル自身の希望で映画化したのが本作。どうやらオリジナル版とは後半部分の展開がかなり違うようです。あちらは社会派スリラーの色が濃い作品らしいのに対して、本作では復讐ドラマが中心となっています。マーティン・キャンベルは同じ発端のドラマを、別の視点で映画化したかったのかも知れません。巨悪の正体と陰謀は背景であり、飽くまでも孤独な父親の復習劇を、きびきびとしたタッチで進めて行きます。


メル・ギブソンはすっかり初老の男になり、腕が太いのは変わらずとも、頭髪も薄くなり、中年体型。しかし大袈裟にならずに、内から湧き出る憤怒に駆られて徐々に暴走して行く父親を好演しています。この映画の求心力は間違いなくメル・ギブソンであり、その存在が映画には必要でした。次に印象に残るレイ・ウィンストンは、彼にしてはこの手の映画に珍しく悪役ではなく、善悪の曖昧な役で面白かった。いつになく饒舌なのに、そこに居るだけで緊張感のある男。面白かったです。死後、父の前に現れる娘役ボヤナ・ノヴァコヴィッチも、あり意味父親の理想像として印象に残りました。


撮影フィル・メヒュー、編集スチュアート・ベアードという布陣は、『カジノ・ロワイヤル』と同じキャンベル作品常連の面々。地味な色彩ながら陰影に富んだ映像と、突発的暴力のタイミングが素晴らしく、この2人の功績は大きい。映画は意外にも幼女を映し出したホームヴィデオから始まり、本編でも要所要所にヴィデオや幻想の形で娘が登場します。こういった効果的な編集によって、主人公が復讐へと突き進む姿もすんなり受け入れられるものとなっていました。元々僕は「復讐もの」は後味が悪くて好きではありません。ですが劇中で描かれる、自分の目の前で成長していった子供が、自分の目の前で殺害される怒りや喪失感については、かなり「分かる」ものとなっていました。


映画に対する若干の不満としては、後半、その巨悪のやり方が単なる暴力手段なのが物足りなく感じました。ギャングまがいな暗殺活動だけではなく、主人公を社会的にも追い詰める手もありましょう。その方がより切迫感が増したに違いありません。もっとも時間のあるTVと違い、2時間の映画に収める為に短絡的な描き方にした、また父親の復讐劇を正当化する為とも考えられます。それでもこれは単なる暴力アクション・スリラーではありませんでした。父親の心情や男と男の友情も描いたドラマでもあったのです。エモーショナルな場面も多いのに甘ったるい感傷に陥らず、抑制と解放のさじ加減の上手さは見逃せません。終盤の展開も衝撃的で、ラストも印象的でした。また、3.11.後の日本でこの映画を観ると、登場人物の身に起こる変化が恐ろしい。明るく楽しい映画ではないものの、ずどんと腹に来る娯楽映画として、お勧め出来ます。


予想通りアクション映画らしからぬスコアを付けていたハワード・ショアも、基調となる要素を映画に与えていたと記しておきましょう。


復讐捜査線
Edge of Darkness

  • 2010年 / イギリス、アメリカ / カラー / 117分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):PG12(銃器等による殺傷・出血の描写がみられるが、親又は保護者の助言・指導があれば、12歳未満の年少者も観覧できます。)
  • MPAA(USA):Rated R for strong bloody violence and language.
  • 劇場公開日:2010.7.30.
  • 鑑賞日時:2011.8.1.
  • 劇場:TOHOシネマズららぽーと横浜PREMIER/ドルビーデジタルでの上映。平日月曜11時35分からの回、99席の劇場は4割の入り。
  • 公式サイト:http://fukushuu-movie.com/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介、プロダクション・ノートなど。
  • 公式Twitterhttps://twitter.com/#!/fukushuu_movie