3時10分、決断のとき



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

南北戦争後の西部。強盗団の極悪なリーダーのベン(ラッセル・クロウ)が捕まった。裁判を受けさせる為に、コンテンションの町から出る3時10分発ユマ行きの列車にベンを乗せなければならない。優秀な元狙撃兵だったものの、戦争で負傷して片足が不自由な貧しい農民のダン(クリスチャン・ベイル)は、お金の為に町までの護送任務に就く。ベンは巧妙な会話を仕掛けて相手の動揺を誘うだけではなく、護送団メンバーの隙を付いて次々と殺害していく。メンバーが減って行く中、行く手には幾つもの危険が待ち構え、さらにはベンの部下達がボス奪回の為に追って来る。


「西部劇」というジャンルは殆ど死滅した感がありますが、これは本当に久々の正統派西部劇です。早撃ち、強盗、駅馬車、開拓民などなど、数々の要素からしてそう。しかし本国アメリカのみならず、今の日本ではまるで人気の無いジャンルなのも確か。劇場ではもう観られないかと諦めていた矢先、北米公開から遅れること2年、小さい配給会社が名乗りを上げてくれました。主演クリスチャン・ベイル知名度が2年前とは全く違うのも、公開を後押ししたと考えられます。映画好きにとって待望の作品だったのか、全国で6館のみ上映というかなりの限定公開にも関わらず、いやだからでしょう、前評判の高さもあって、劇場は連日結構な人気の様子。上映終了後に聞こえた、満足げなあちこちの声を聞き、映画館ならではの楽しさを味わえました。


プロットは単純明快。札付き悪党を特定時刻までに護送する。これだけです。しかし原作は犯罪小説の大家エルモア・レナード。愉快な軽口を叩く悪党を主人公に、二転三転する展開はお手のもの。原作の短編小説に、またはオリジナル映画の『決断の3時10分』(1957)にどこまで忠実なのか、僕はどちらも未読・未見なゆえ分かりません。しかし単純ながらも緊張感が持続するプロットと、終盤の予想外の展開のみならず、緻密にがっちりと描かれたドラマゆえ、娯楽アクション映画として見応え十分に仕上がっています。


人は何故アウトローに心引かれるのでしょうか。我々一般人が日常を様々な制約の下で暮らしているにも関わらず、しがらみに捕らわれず、己の欲望に忠実に生きている彼らの姿に、自由を感じるからではないでしょうか。その意味ではこの映画の2人の主人公の内、極悪非道のベンはその最たるものです。頭脳明晰で記憶力抜群。スケッチをたしなみ、聖書をそらんじ、会話も魅力的で、一見すると人好きのする男です。しかしその早撃ちは時に容赦無く部下の命をも奪い、目的を達成する為ならば手段を選びません。恨みを忘れず、怒りを爆発させると躊躇無く相手を殺害する。これが西部劇ではなく現代劇だったら、まず間違いなくサイコ・スリラーの主人公とさえ成りうるところ。しかしダンの14歳になる息子ウィリアムのみならず、観客の心をも鷲掴みするのは、ベンの台詞がいちいち面白いだけではなく、カリスマ性を発揮しているラッセル・クロウの演技が抜群だからです。クロウと西部劇の相性の良さは『クイック&デッド』(1995)でも証明済み。久々に痩せて精悍な姿もあって、この主人公に相応しい格好良さ。本作は演技者としての彼の代表作の1本となりました。


一方のダンは、痩せた土地で近隣の実力者の嫌がらせを受けながら、不自由な足を引きずりながらも、妻と2人の子供を養っています。恐らく反抗期であろう、長男ウィリアムから冷たい蔑みの視線を浴びながら、家族の為に必死になっている男。クロウ演ずるベンに比べて損で地味な役回りですが、この映画の終盤にダンが輝いているのもクリスチャン・ベイルの渋い好演にあります。『ダークナイト』(2008)ではヒース・レジャーの、『ターミネーター4』(2009)ではサム・ワーシントンの引き立て役だったベイルは、本作でも一見ラッセル・クロウ相手に同じ立ち回りをしているように見えます。しかしダンの耐えて耐えてといった風情に隠された、その理由・真実が明らかになる終盤で、ベンに対して心情を吐露するダンを演じるベイルが凄く良い。さらりと描かれているものの、ベイルの演技と受けて立つラッセル・クロウの表情も相まって、胸を打つ場面となっています。


映画が終わってから思い返してみると、ベンもダンも、その行動にブレがありません。とらえどころのないように見えるベンでさえそう。彼独自のルールに気付いて見ると、首尾一貫しています。面白いのはベンはリーダーにも関わらず、その行動が一匹狼を基点としていること。ベンにとっては信じられるのは己だけなのです。ダンも頑固なまでに任務に固執しているようにさえ見えますが、その理由が明らかになったときに彼の行動基点が分かってきます。片やダンは、家族と上手くいっていなくとも、子供達のために歯を喰いしばって生きる父親。だからこその、ベンとダンの3時10分でのそれぞれの決断と行動。迷いの無い主人公たちは清々しい。お互いに確固たる目的を持ち、それに向かって銃火を潜り抜ける市街戦のクライマクスは、緊張感と迫力が登場人物の感情と共に爆発して、素晴らしい見せ場になっています。これぞ娯楽アクションの醍醐味です。


映画の本当の主人公は、果たしてベンなのかダンなのか。僕は映画が終わった直後は、父子の絆の復活と、自分の姿を見せることによって息子に大切なものを教えた父親を目撃したベンが主人公だと思いました。が、その父親自身であるダンの映画でもあったと思いました。


相棒映画かと思いきや、実は父子の絆を描く映画だったという終幕の意外な展開も含めて、主人公がしっかり描かれているので全て納得してしまう。人物の言動がいちいち伏線にすらなっていて、その緻密さには唸らされます。


脇役も皆面白い。ベイルを食いそうな勢いのあるベン・フォスターは、ボスのベンに心酔した冷酷非情なチャーリーを演じています。心酔しているものの、ボスにはなり切れない副首領。終幕の末路には悲哀さえ感じさせてしまいます。儲け役ではあるものの、フォスターは強烈な印象を残しました。西部劇でおなじみのピンカートン探偵社の賞金稼ぎ役には、懐かしのピーター・フォンダ。役も面白いけれども、事前に知識が無ければ彼とは分からない老け振り。無法地帯を生き延びてきた冷酷な男の生き様が伝わってくるよう。アラン・テュディック演ずる人の良い獣医師。後半にはちゃんと見せ場が用意されていて、出番は少ないもののも印象に残ります。台詞のある女性は2人しか出ませんが、ダンの妻役グレッチェン・モル、ベンと関係を持つ酒場の女主人ヴィネッサ・ショウも、それぞれ苦労して人生を歩んで来た感じが良く出ていました。


アパッチ族の襲撃など久々にお目に掛かりましたが、アメリカ先住民の居留地問題をさり気なく滑り込ませているし、中国人労働者のさらりとした描写も含め、娯楽映画でありながら現代的視点で史実を入れています。これは非常に良く出来た脚本です。


人物描写に厚みがあるのは、監督がジェームズ・マンゴールドだからでしょう。『17歳のカルテ』(1999)と『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(2005)といったドラマの佳作や、快作(怪作)『”アイデンティティー”』(2003)という、ショッカー/ホラー/スリラーの監督でもあります。初期の『コップランド』(1997)は未見ですが、これはポリス・アクション・ドラマ映画。そう言えば『ニューヨークの恋人』(2001)もありましたね。となると、本作はマンゴールドの集大成に近い映画と言えそうです。前半は相当に丁寧に人物を描いているのでややテンポが緩いものの、町に出発する中盤以降は徐々にテンポを上げ、一方でドラマの手綱を緩めず、人物と要所のアクションで緊張感を持続させ、終盤の町内での銃撃戦でも迫力満点かつダイナミックなドラマを笑いと共に描く。実際のところ、アクション場面は殆ど終盤に集中させているのに、人物関係そのものが動的なので、全体にアクション映画との印象を残します。自分の個性を出しつつ上手くまとめ上げたマンゴールドの腕前は、誉めてしかるべきです。


上質の西部劇には上質の音楽が付き物。本作の作曲はマルコ・ベルトラミ。『スクリーム』シリーズや『ミミック』(1997)等のホラー映画、あるいは『アイ,ロボット』(2004)などでの功績は認めつつも、メロディが印象が残らないので余り好きな作曲家ではありませんでした。しかし本作ではマカロニ・ウェスタン調の印象的なメロディを配置しながら、アクションとスリルを盛り上げる上出来の仕事を聞かせてくれました。



3時10分、決断のとき
3:10 to Yuma

  • 2007年 / アメリカ / カラー / 122分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):G
  • MPAA(USA):Rated R for violence and some language.
  • 劇場公開日:2009.8.8.
  • 鑑賞日時:2009.8.15.
  • 劇場:109シネマズ川崎8/ドルビーデジタルでの上映。土曜18時45分からの回、87席の劇場はチケット完売。男女比は6:4くらい。男性客の方が圧倒的に多いと思っていたので、少々意外でした。上映後も男女ともども好評だった模様。尚、前日14日(金)に会社帰りに観に行ったら、上映40分前にしてチケット完売でした。上映館数も全国で6館のみ、川崎でも1日1回のみ上映。都心でも入りが良いようですし、パンフレットも完売。ご覧になる方はネット予約が良いでしょう。
  • 公式サイト:http://www.310-k.jp/ 予告編、キャスト&スタッフ紹介など。