エニグマ


★film rating: B-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

第二次大戦下、イギリス軍の暗号解読の天才数学者ジェリコダグレイ・スコット)は、ドイツ軍の暗号を解読しながら、謎の失踪を遂げた恋人クレア(サフロン・バロウズ)の行方を追い求める。果たしてクレアは暗号に関係したスパイだったのか?


エニグマ』は、全体には面白い題材を扱っているのにどうにも違和感を感じる映画だ。本来ならばスリリングな音楽を流す筈の場面でも優雅な旋律で通すジョン・バリーの音楽同様、古式ゆかしい英国趣味に彩られたミステリアス・タッチの恋愛/スリラーでもある。ドイツ軍の暗号機エニグマと、クレア失踪の謎(=エニグマ)に掛けたタイトルの監督は、『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』(1999)の、というよりは、ミステリの女王失踪事件を描いた『アガサ/愛の失踪事件』(1979)のマイケル・アプテッド。マーティン・クルーズ・スミスの力作を映画化した『ゴーリキー・パーク』(1984)なんていうスリラーもあった生真面目派だ。ロバート・ハリスの原作を脚色したのは、『未来世紀ブラジル』(1985)や傑作『恋におちたシェイクスピア』(1998)の有名戯曲家トム・ストッパード。暗号機エニグマ強奪の映画には『U-571』(2000)があって、あちらでは米軍が盗み出したことになっていたが、史実では英国軍の功績なので映画に対してイギリス国内で批判があったものだ。それに対する回答が、このイギリス映画(アメリカ、ドイツ、オランダとの合作)とも受け取られる。


大戦中、イギリス軍はブレッチリー・パークに暗号解読センターを設立、そこに才人たちを集めた。そこで日夜悪戦苦闘していたのは、数学者や文学者など民間人たち。戦後暫くは極秘だった舞台裏を垣間見られるのは興味をそそられる。


映画では戦局を左右する暗号解読と、失踪したファム・ファタール(運命の女)という2つの謎を追い駆けている。題材は非常に面白く、物語も謎解き中心の展開でありながら過去のラヴ・ストーリーも軸の1つとしていて、中々入り組んだ構成。しかも暗号解読にUボート軍団によるアメリカ軍輸送船団攻撃までの数日間というタイムリミットを設け、時間に追われるサスペンスも盛り込んでいる。設定自体は相当スリリングだし、アクションよりも謎解き中心なのもイギリス映画らしい。物語は終盤に意外な真相を描き出し、史実に埋もれそうになった実在の大事件にまで発展する。


全体に虚実ない交ぜになっているのは巧みで、そこら辺は恐らく原作の上手さだろう。しかし映画では、恋愛パートと暗号解読パートの要素が上手く合わさっていないように感じられた。物語の中心となっているのは女を追い求める部分。しかし二兎を追うもの何とやら、小説としては面白くとも映画としてはバランスを崩している。トム・ストッパードは内容盛りだくさんが得意な脚本家のようだが、ここではそれが足を引っ張ってしまった。どうせならば思い切った脚色で暗号解読パートにもっと比重を置いても良かったのではないだろうか。


加えてマイケル・アプテッド演出も今一つ調子が上がらない。アクション場面は下手だし、終盤に掛けての緊迫感の盛り上がりも弱い。決死の暗号戦、という切迫感が今一つ伝わらないのだ。ドラマ部分は悪く無いものの面白みが薄い。ミステリアスな過去を探る恋愛ドラマにするのであれば、もっとそういった雰囲気を出してもらいたかったものだ。


その雰囲気が今一つなのは、サフロン・バロウズの完全なるミス・キャストにもある。主人公が神経衰弱になってしまった程に恋焦がれるファム・ファタールにまるで見ない。殆ど回想場面でしか登場しないのだから、もっと強烈な魅力に満ちた華のある女優を起用すべきだった。


主役のダグレイ・スコットは『M:I-2』(2000)の悪役と打って変わり、恋愛への妄執が強い内気な天才を陰気に演じている。ここがイギリス映画らしい面白さ、ハリウッド映画ではこうはいかなかっただろう。但しもっとナイーヴさを持つキャストでも良かったかも知れない。ジェリコに協力するケイト・ウィンスレットは、どかっとした体格に冴え無い服装・眼鏡・髪型で登場するが、知性と優しさを見せる魅力的なキャラクター作りはさすがに上手い。主人公を監視する情報局員役ジェレミー・ノーザムも、控え目でいながら緊張感を出していて良かった。鋭いながらも目立たない、という一見矛盾しているかのような役柄を上手く掴んでいた。


エニグマ
Enigma

  • 2001年 / イギリス、アメリカ、ドイツ、オランダ / カラー / 119分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for a sex scene and language.
  • 劇場公開日:2003.5.17.
  • 鑑賞日時:2003.5.31.
  • 劇場:渋谷東急3 ドルビーデジタルでの上映。土曜午後の回、374席の劇場は4割の入り。
  • パンフレットは500円。スタッフ&キャスト紹介、プロダクション・ノートなど。
  • 公式サイト:http://www.enigma-movie.com/ パンフレットの内容−評論+予告、といった標準的な作りのサイト。