マグノリア


★film rating: B+
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

死の床にいるTVプロデューサーのアール・パートリッジ(ジェイソン・ロバーズ)は、音信不通の息子で男性優位主義の伝道師、フランク・J・マッキー(トム・クルーズ)との再会を願っている。アールの看護人フィル・パルマフィリップ・シーモア・ホフマン)はその願いを叶えようと奮闘し、アールの若い妻リンダ(ジュリアン・ムーア)は死に行く夫を正視出来ない。孤独で善人な警官ジム・カーリングジョン・C・ライリー)は、コカイン中毒の孤独な若い女クローディア・ゲイター(メローラ・ウォルターズ)に一目惚れ、クローディアは家にやって来た父ジミー・ゲイター(フィリップ・ベイカー・ホール)をヒステリックに追い返す。ジミーは人気クイズ番組の司会者で、家族を大切にする男としての偶像だ。彼の番組に出場している天才少年スタンリー・スペクター(ジェレミー・ブラックマン)は自分に理解の無いステージパパに連れられて今日もテレビ局へ。その番組のかつての天才少年だったドニー・スミス(ウィリアム・H・メイシー)は、雷に打たれて以来冴えない中年、おまけに今日は失業してしまう。今日1日はどうなるんだ?


1911年、3人の殺人犯の絞首刑。1983年、山火事消火による事故と、その後の自殺事件。1961年、飛び降り自殺未遂⇒殺人事件。


前作『ブギーナイツ』(1997)で70年代ハードコア・ポルノ業界を舞台に、そこに集まる擬似家族を暖かい視線で描いた新鋭ポール・トーマス・アンダーソン監督・脚本の新作は、冒頭で偶然に関する擬似ドキュメンタリ映像が猛スピードで紹介され、始まる。ゆったりとした冒頭からやがて加速して行った『ブギーナイツ』に比べ、今回は助走も無くいきなり疾走するのだ。


冒頭に書いた9人がこの映画の主人公。各エピソードは近付き、離れ、合体し、また離れ離れに、と一箇所に留まる事がない。誰かと誰かが関連性を持ち、常に物語は進行・変化している壮大な交響曲。ドラマはオープニングで語られた法則=偶然に作用されている。スクリーンに切り取られるのは、彼らにとっての人生最悪の日。ある者は最初から堕ちる所まで堕ちており、ある者はラッキーデイから奈落の底に突き落とされる。


ポール・トーマス・アンダーソン監督は容赦無く、しかし慈愛をもって、この複雑でスリリングな映画を描き切る。次の展開がどうなるのか、3時間8分の長丁場で観客の胸倉を掴むパワフルなタクトは本当に魅力的だ。


ブライアン・デ・パルママーティン・スコセッシそっくりのスピーディなキャメラワークや編集は今回も健在。前作はスプリット・スクリーン(分割画面)などにデ・パルマの影響が強かったが、今回はスコセッシからの影響がさらに全面に出ている。シーンの省略や繋ぎなど、スコセッシの『カジノ』(1995)などにそっくり。でもそれが単なる真似でないのは、必然性があるから。それが結果的にオリジナリティになっているのだから大したもの。製作時29歳の天才は今後も要注目だ。


また達者な役者たちとのコラボレーションにも触れなくてはならないだろう。各人の脚本を的確に捉えた演技は時に大胆、時に繊細。恐らく観客の誰もが、人物の誰かに感情移入出来ることだろう。大スター トム・クルーズでさえ、演技力の向上は特に見当たらないものの、いつものオーラをかなぐり捨てて登場人物の1人として演じている。俳優達はオーケストラの奏者の1人に徹して作品を乱すことなく、しかも指揮者の期待以上に応えている。


素晴らしいシーンも色々ある。特に僕が印象に残っているのは、登場人物達全員が同じ歌を歌うシーン。全編に渡って、エイミー・マンの数々の歌が心理を代弁する、という使われ方をしている。それがこの瞬間に、一気に各人物をまとめ上げ、文字通りミュージカルの持つ高揚感を具現化するのだ。


映画に描かれるドラマのテーマは”愛情の欠如”だ。愛したい、愛されたい、愛されない。登場人物達の苦悩は深まる。その内親子関係が3つも出てくるのだから、問題の根深さを語っていよう。それがくどくも重苦しくもないのは、同じ主題でも変奏が上手くいっているからである。


そんなこの映画にも、欠点はある。余りにも全編ハイテンション、ハイスピード。スリリングでも心の休まるときが少ないので、観客は体力・持久力を強いられる。それと上映時間3時間余は長い。途中かなりダレるところもあるので、あと30分は切れるのではないか。


2時間30分を越えた頃、映画の調子はアンダーになり、人物の心理は限界まで達し、観る側にも疲労も出て来くる。しかし、それも計算づくと気付かされる。不幸の連続も、行く所まで行けばやがて上向きになるもの。突如、全てを許すかの如く起こる奇跡。幸運の息吹。数々の物語を一気に方向転換するパワー。クライマクスは是非劇場で体験してもらいたい。大画面・大音響によるスペクタクルとはこのこと。これは凄い。そして感動した。


映画は全ての事象を明らかにはしない。未解決の謎も幾つか残る。最悪なんて永遠には続かない。物語は続くし、生きていれば良いこともある。全てを知り、コントロールすることなんて出来やしない。それでも良いじゃないか。それが人生じゃないか。そう肩を叩いてくれる、力強さと優しさを兼ね備えた力作だ。


尚、映画の鑑賞前には、プログラムを開けない事をお薦めしたい。


マグノリア
Magnolia

  • 1999年 / アメリカ / カラー / 188分 / 画面比:2.35:1
  • 映倫(日本):指定無し
  • MPAA(USA):Rated R for strong language, drug use, sexuality and some violence.
  • 劇場公開日:2000.2.26.
  • 鑑賞日時:2000.2.27.
  • 劇場:ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘2 ドルビーデジタルでの上映。新百合ヶ丘で2番目に大きい208席の劇場は、公開2日目の昼の回は満席でした。この日は管理システムが落ちたそうで、チケットは全て手書き、グッズ売り場もプログラム以外の販売は中止でした。もろいもんですね。
  • 公式サイト:http://www.magnoliamovie.com/japan 予告編、音楽ビデオクリップ等がダウンロード出来ます。