プリズナーズ



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

ペンシルヴァニア州工務店を営むケラー(ヒュー・ジャックマン)は、妻グレイス(マリア・ベロ)と共に郊外の住宅街で幸せな家庭を築いていた。感謝祭の日、近所に住むフランクリン(テレンス・ハワード)とナンシー(ヴィオラ・デイヴィス)の親友夫妻の家に招かれて祝っていたところ、それぞれの夫婦の幼い娘達のアナとジョイが行方不明になってしまう。警察も含めて必死の捜索にも関わらず見つからない子供達。やがて10歳の知能しかない青年アレックス(ポール・ダノ)が容疑者として逮捕される。自白もせず、証拠もない為に釈放されたアレックスが何か知っていると睨んだケラーは、彼を拉致監禁。自らの拷問にかけて自白させようとする。一方、冷静沈着な刑事ロキ(ジェイク・ギレンホール)は、少しずつ事件の真相に迫って行くのだが。


「囚われ人たち」とは、何と意味深なタイトルなのでしょうか。行方不明の少女2人の事かと思って観始めると、それが色々な意味を帯びてくると分かってきます。愛する娘を探す必死さ余りに、容疑者に対して一線を越える父親ケラー。彼は敬虔なクリスチャンで明らかに宗教に囚われていますが、同時に自らの罪にも囚われていきます。そのケラーに囚われるアレックス。彼もまた、あるものに心を囚われています。今は優秀な刑事ロキも、少年時代に恐らくは問題児だったようですが、過去に囚われているのでしょう。全身タトゥーだらけのようですが、ワイシャツのボタンは常に1番上まで留めて隠しているのですから。椅子に縛り付けられたままミイラ化した男も囚われ人の1人です。迷路に取りつかれた男は、人心の闇のメタファーでしょう。全ての人は、何がしかの囚われ人だと言えるのかも知れません。ある者は宗教に、ある者は親の教えに、ある者は…というように。


ミステリとしてあちこちに伏線が張られており、後半にはそれらが次々と回収されていく作り込みになっていますが、それらが嫌味になっていません。捻りの効いた非常に完成度の高い娯楽スリラー/ミステリでありながら、ドゥニ・ヴィルヌーヴの演出とアーロン・グジコウスキーの脚本が、ずっしりとした密度の濃いドラマとしても成立させているからです。


映画は観る者に「あなただったら、どうする?」と突き付ける挑発的な内容も併せ持っています。事件に巻き込まれてしまう各人の反応はとても人間味があり、その誰かに自分自身を重ね合わせられるのが可能です。必死さの余り暴力に訴える者。寝込んで臥せってしまう者。罪と知りながら止められない者。ヒュー・ジャックマンは愛する娘を見つける為に暴走していく父親を大熱演しています。もう一人の主人公であるジェイク・ギレンホールも素晴らしい。常に感情を抑えている冷静な刑事で、人間味も温かみも静かに演じていて。容疑者役ポール・ダノはこういう役が上手い。他にもヴィオラ・デイヴィステレンス・ハワードマリア・ベロメリッサ・レオらが、見事な演技を見せてくれます。


忘れてならないのが、名匠ロジャー・ディーキンスによる美しい撮影です。近年の『トゥルー・グリット』や『007/スカイフォール』等のような、1ショット1ショットが痺れるような構図はかなり控え目。その分、映画の語り部として貢献しています。HD撮影ならではのコントラストがはっきりした、しかも陰影に富んだ映像の数々。特にクライマクスの激走場面。あの美しさは何でしょう。登場人物の必死さとあの映像でもって、忘れえぬ場面となっています。


忘れえぬ場面と言えばあのラスト。救いはあるのか、どうなのか。深い心の闇と余韻を画面に残したままで、ばっさり終わるタイミング。素晴らしい。


プリズナーズ
Prisoners

  • 2013年|アメリカ|カラー|153分|画面比:1.85:1
  • 映倫:PG12(銃による殺傷・出血、拉致監禁がみられるが、親又は保護者の助言・指導があれば、12歳未満の年少者も観覧できます。)
  • MPAA (USA): R(Rated R for disturbing violent content including torture, and language throughout.)
  • 劇場公開日:2014.5.3.
  • 鑑賞日:2014.5.5.
  • 劇場:TOHOシネマズららぽーと横浜4/デジタル上映鑑賞。公開3日目のゴールデンウィーク月曜0時10分からの回、113席の劇場は15人程の入り。
  • 公式サイト:http://prisoners.jp/ 予告編、映画紹介等。

オンリー・ゴッド



★film rating: A-
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

バンコクでキックボクシング・クラブのオーナーをしているジュリアン(ライアン・ゴズリング)は、麻薬組織を仕切っている青年だ。ある日、実兄ビリーが惨殺された。売春をしていた14歳の少女を殺害し、その父親に復讐されたのだ。復讐を促したのは元刑事のチャン(ヴィタヤ・パンスリンガム)。彼は独自の基準で苛烈な制裁を行う男でもある。やがて兄弟の母クリスタル(クリスティン・スコット・トーマス)がアメリカ本国から乗り込んで来る。組織のボスでもあるクリスタルは、チャンへの復讐をジュリアンに命じるが。


氾濫する色彩。じわり観客を責め立てる暴力。物言わぬ無表情な主人公。『ドライヴ』でコンビを組んだ、監督ニコラス・ウィンディング・レフンと主演ライアン・ゴズリングの2人が作り上げた犯罪映画で基調と成すのは、それらの要素です。前作は定番の犯罪映画のプロットを風変りに仕立ててありましたが、本作はそれ以上にユニークな作品となっています。特に目を引くのは過激でどんよりとした徹底的な暴力と、人工的な照明も含めた映像です。血を血を洗う復讐の連鎖は目を背けたくなるような肉体損壊描写で満たされ、それらは赤、青、黄といった照明に照らされた夜のバンコクの街に、幻想の一部として埋没していきます。私が映画を観ながら想起したのは、スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』と、ラース・フォン・トリアーの『エレメント・オブ・クライム』でした。唐突に挿入される幻想場面の効果もあり、映画を観ている間、外宇宙と内宇宙を行き来するかのような感覚に襲われます。


超暴力的な描写が強烈な印象を残しますが、必ずしもリアリスティックな作りではありません。凄惨な描写は頻発するものの、この世の出来事ではないかのような撮り方。これはあの世とこの世を繋ぐ幻夢的映画です。


そもそもチャンという男がユニークです。白い襟に真っ黒な半袖シャツを着ている彼は、制裁を加えるときに服の背中のどこかに隠し持っていた剣を抜き出します。これだけで非現実的ではないですか。チャンは時に他者の復讐を担い、時に悪への制裁を下します。しかしその基準は判然としません。チャンは無慈悲な神そのものと思って良いでしょう。こちらの声は決して届かず、また公平・不公平など気にせず、気まぐれにしか思えないような行動を取る神。一方で幼子を可愛がる面も持っている神。東南アジアが舞台であるものの、その神としての像は非常に西欧的です。神は制裁を下した後、カラオケに興じます。いや、興じてはいないのでしょう。日本のカラオケボックスやカラオケバーと違い、能面のような客が聴衆となっている店内で、真摯そのものに歌うのですから。あたかも儀式のように。


そんなチャンに挑むのがジュリアンです。世界一後頭部が美しいライアン・ゴズリングは、無表情で無口な、でも淡々と神に挑む男を演じています。ジュリアンは能動的ではなく、運命を受け入れる男として描かれています。となると、彼は神に挑むのではなく、神に触れたいだけなのかも知れません。


彼を支配する怒れる母親役クリスタルが強烈です。明るい基調の服にブロンド・ヘア。兄ビリーを贔屓してジュリアンには冷たく、情け容赦ない文字通りのボス。クリスティン・スコット・トーマスは『イングリッシュ・ペイシェント』での気品あるヒロイン役が印象的でしたが、本作では肉付きと共に貫禄が増した怪物役を怪演しています。彼女もまた理不尽な神に、そうとは知らずに戦いを挑むのです。


プロットは犯罪映画のそれでも、全体的に神話的色彩を帯びている映画は、冒頭から幻想的です。そしてここには、己の描きたい事を己の世界観で描き尽くそうという、作者の強い意志が感じられます。台詞は極端に削ぎ落とされた無口な映画なのに、映像や音楽など饒舌ですらあります。だから90分という短い時間は濃密そのもの。その独特な世界に私はすっかり魅了されてしまいました。しかもその饒舌さは攻撃性とは全くかけ離れたもの。となるとこの映画は、神に挑んだ男の物語ではなく、神と対話したかった男の物語なのかも知れません。



オンリー・ゴッド
Only God Forgives

  • 2013年|フランス、タイ、アメリカ、スウェーデン|カラー|90分|画面比:1.85:1
  • 映倫:R15+(刺激の強い殺傷・鮮血飛散、肉体損壊、拷問及び惨殺死体の描写がみられ、標記区分に指定します。)
  • MPAA (USA): R(Rated R for strong bloody violence including grisly images, sexual content and language.)
  • 劇場公開日:2014.1.25.
  • 鑑賞日:2014.2.10.
  • 劇場:横浜バルト9 シアター8/デジタル上映鑑賞。公開3週目の飛び石連休の谷間、平日月曜15時40分からの回は20人程の入り。過半数が中高年女性客だったのは、ライアン・ゴズリング目当てだったのかな。
  • 公式サイト:http://onlygod-movie.com/ 予告編、作品紹介、各界著名人のコメント等。