グランド・ブダペスト・ホテル



★film rating: A
※A、B、Cの3段階を、さらにそれぞれ+、non、-で評価しています。

1932年、今は無き欧州の国家ズブロウスカ。美しい山々を背景に立つ由緒ある高級ホテル、グランド・ブダペストは、上流社会の客人たちで引きも切らなかった。ホテルを仕切るのは辣腕コンシェルジュのグスタヴ・H(レイフ・ファインズ)。彼は老マダム達の夜の相手も辞さない、文字通りの徹底したサーヴィスを心掛けている男だ。ところがグスタヴの長年のお得意様であるマダムD(ティルダ・スウィントン)が、何者かに殺害されてしまった。しかも遺言で貴重な絵画がグスタヴに贈られたと判明、グスタヴは容疑者となって追われる身となってしまう。愛弟子であるベルボーイのゼロ(トニー・レヴォロリ)と共に逃避行を続けながら、グスタヴは仲間たちの手を借りて真相を追求しようとするが。


オフビートな笑い、独特の画面構成と色彩で、近年、益々人気が高まりつつあるウェス・アンダーソンですが、前評判の高かった前作『ムーンライズ・キングダム』は私は余り乗れませんでした。意図している事が見え見え過ぎて白けてしまったのです。しかし本作は心から楽しめました。スケールは大きい物語なのに、映画全体はチマチマせせこましく、ミニチュアへの偏愛も含めてその作り込まれた箱庭世界が楽しい。そもそも映画の構造自体が入れ子入れ子マトリョーシカ状態です。現代ではとある少女が作家の墓参りをします。その作家の晩年(トム・ウィルキンソン)が物語のインスピレーションについて語り、時代はインスピレーションを得た1960年代へと飛び、若き作家(ジュード・ロウ)はかつて栄華を誇ったグランド・ブダペスト・ホテルに滞在中。彼は富豪であるオーナーのゼロ(F・マーレイ・エイブラハム)と出会い、富豪は自分のベルボーイ見習い時代に居たコンシェルジュであるグスタヴとの冒険譚について話し出す…という構造になっています。


シンメトリーの画面に氾濫する明るくカラフルな色彩に、デフォルメされたキャラクター達が賑やかに動き回り、映画は非常に活き活きとしています。わき役に至るまで文字通りのオールスターキャスト映画で、各人が単なる顔見世ではなく、個性に合った役なのも楽しい。しかし綿菓子のように甘くは無く、時折ドキリとさせられる悪意のある映像が挿入され、適度に毒気があるのでピリリとしています。映画はにぎやかしミステリ調冒険映画になっており、終盤には明らかに特撮なのにスリリングで手に汗握る大アクションまで用意されています。娯楽映画のフォーマットの中で自己の個性を最大限に発揮しているアンダーソンの才気が、この映画で1番のお楽しみと言えましょう。観客を余り選ばない、観やすいものとなっています。


役者では何と言ってもレイフ・ファインズです。仕事は有能、しかし目的のためならば手段をいとわない面もあり、客人である老女達との逢瀬である枕営業も楽しんでいるらしい男。身だしなみは常に完璧で、何かあると詩を詠み、自分の優雅さに酔いしれている男。そんなどこかいかがわしい、ナルシスティックで優雅な、でもどこか憎めない男を、ファインズは複雑な人間味と純粋さでもって表現しました。『ハリー・ポッター』シリーズのヴォルデモートなどと言った役柄より、やはりファインズは2枚目の役が似合います。失われた栄華への想いを馳せ、痛みを感じるのがこの映画のテーマだとして、それを体現していて素晴らしい。語り部役である壮年のゼロを演じたF・マーレイ・エイブラハムも、滋味溢れる演技で、こちらも素晴らしかったです。若き作家役ジュード・ロウ、暗殺者役ウィレム・デフォー、老女メイクで登場のティルダ・スウィントン、スキンヘッドの囚人役ハーヴェイ・カイテル、遺産管理人役ジェフ・ゴールドブラム、グスタヴを追う軍人役エドワード・ノートン、事件の鍵を握る執事役マチュー・アマルリック、富豪夫人の悪質な息子役エイドリアン・ブロディ、若きゼロ役のトニー・レヴォロリ、その恋人役シアーシャ・ローナン等、配役もとても良かった。


アレクサンドル・デプラのコミカルで躍動感のある音楽も、作品世界の作りに貢献していました。これはお勧めの映画です。



グランド・ブダペスト・ホテル
The Grand Budapest Hotel

  • 2014年|アメリカ、ドイツ|カラー|100分|画面比:1.37:1、1.78:1、2.35:1
  • 映倫:G
  • MPAA (USA): R(Rated R for language, some sexual content and violence.)
  • 劇場公開日:2014.6.6.
  • 鑑賞日:2014.6.27.
  • 劇場:TOHOシネマズ横浜ららぽーと 10/デジタル上映鑑賞。公開4週目の21時45分からの金曜レイトショウは15人ほどの入り。この手のアートフィルム系では珍しく客が入っているよう。
  • 公式サイト:http://www.foxmovies.jp/gbh/ 予告編や人物紹介、劇中に登場するレシピなどの映像の数々、作品紹介など。